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第27話
気温が上がった頃、奈津は甘いにおいで目が覚めた。隣で眠っているはずの海未はいない。
「海未くん?」
からだを起こして、海未を探す。海未はキッチンにいた。フライパンを持って、コンロの前に立っている。
「奈津さん、おはよ」
フライパンの中ではフレンチトーストが焼けていた。
「おはよ、海未くん」
大事なものを確認するように、奈津は海未の細腰に腕を回した。回した腕が余ってしまう程の薄さしかない。
「海未くん、いいにおい」
海未の脇からフライパンの中身を覗き込んで、奈津は言った。「うん、卵と牛乳があったから、フレンチトースト」と海未が返す。
「勝手にごめんね」とも言われた。
「ううん、ありがとう」
奈津がお礼を言うと、海未はコンロの火を落とした。それから奈津の方を振り向いて、爪先立ちで手を伸ばしてきて、奈津の頭を撫でた。所作が可愛らしい。
「もう大丈夫?」
目が合うと、心配そうな眼差しで海未は奈津を見てくる。
「うん、……大丈夫」
そう答えてから、やっぱり謝ろうと決めた。
「でも夢の中で、僕、海未くんにひどいことをした。ごめんね」
奈津が謝ると、海未は、へら、と笑って「うん。許してあげる」と答えた。
「何の夢か訊かないの?」
予想外に簡単に許されてしまって、奈津は戸惑う。
「奈津さん、『それだけ言えたら、もう懺悔したことにならない?』」
目を細めて、幸福そうに海未が笑って応える。それは奈津が海未に言ったことだ。
「でも、──」
まだ何か言いたい奈津の口を、海未が背伸びしてキスで封じてしまう。
「はい、これでお終い」
強引に話を終えようとする海未に、奈津が「お終い、って」と呟く。
「キスには口封じの意味もあるんだよ」
笑って皿にフレンチトーストを載せた。インスタントのコーヒーを用意していつもとちょっとだけ違う朝食に手をつける。海未が「いただきます」をするので、奈津もそれに倣った。
左手でフォークを持つ海未が、フレンチトーストを一口サイズに切っているのを見ながら、奈津はさっきの海未の言葉を思い出していた。
『キスには口封じの意味もあるんだよ』
つまり奈津はもう海未に有紀の話をさせたくないのだろうか。そういう夢だったらいい。
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