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【第1部 竜の爪を磨く】28.眠る竜
この世界で〈法〉を行使され〈地図〉で支配された物体は、その大きさや複雑性にかかわらず、異常なほど頑丈だ。
「異常」とか「頑丈」なんていう表現が奇妙に響くのはわかっている。ただの物体が〈地図〉と〈法〉によって通常の物理を超えることを俺が奇妙だと感じるのは、この世界ではない場所と前の生を覚えているからだ。
〈地図〉と〈法〉の絶対性など、この世界に生まれ育った人間にとっては当たり前のことにすぎない。〈地図〉と〈法〉は所与のもの。だから都市の心臓たる〈地図〉が敵の手に渡ったとたん、ドアの開け閉めも自由にやれず、ハンマーや斧をふりまわしても破壊できないのを誰も不思議に思わない。人間は環境に適応する。
しかし〈法〉が使える者なら話はかなり変わってくる。〈法〉の行使で閉じられたドアは、もっと巧みな〈法〉を使って裏をかけばいい。
「早く移れって急かしたくせに暇とはね」
廊下を歩きながらシュウがつぶやく。ひとりごとのようだった。退屈しているらしい。何しろ、夕方になれば疲労でふらついてしまうぼろぼろの団長代行――つまり俺――を筆頭に〈黒〉は城壁都市で待機中。サポート役とぬかしたアーロンは帝都と城壁都市を行ったり来たりで、俺たちはただ暇をつぶすばかり、せっかく研究設備の整った都市にいるのにシュウには施設の使用許可も下りない。
とはいえこの男、少し前までは「忙しくて眠る暇もない」と文句をいっていたのだ。
「仕事中毒はこれだからな。そんなに働きたいか?」
「エシュは休んでな。僕は今のうちに手持ちのデータで遊んでる。外出制限があるわけでもないし、こうしてエシュを観光に連れ出せるんだからいいけど」
「観光ね」
「ここを見物するには紹介者がいるからさ。案内できて嬉しいよ」
そういったシュウの手には大きな鍵が握られていた。くすんだ銀色で紫の房がついている。行政官がよく使う〈法〉道具と同じものだ。
「さて、入るか。陛下の変異竜コレクション・ルームだよ」
シュウが鍵を差しこむと〈法〉のかすかな光輝がはじけた。部屋の中は古風な博物館のような趣きだ。床は寄木細工に覆われ、壁にあしらわれた板には竜の浮彫がほどこされ〈地図〉がひとつずつおさめられ、中空に浮いた透明なケースが間隔をあけて並んでいる。
「変異竜の〈地図〉は帝都に保管されていると思っていた。どうしてここにあるんだ?」
「僕が知るわけないだろう。陛下の趣味じゃないのか? それにここのコレクションは時々入れ替えられるんだ。行幸にあわせているのか、帝都から指示があるのか、どちらにせよ僕にわかることじゃない。ただ、研究対象にできなくても自由に見せてもらえるのはありがたいんだよ。だから事件がはじまった瞬間もここにいた」
「六年前か」俺は何気なく聞き返した。「はじまったのは朝だろう? そんなに早くから?」
「そりゃ……」どういうわけかシュウは一瞬言葉につまった。
「いろいろあってね。エシュはどうだった? 学生だったって?」
「サバティカル期間の終盤で、部屋に閉じこもっていた。少なくとも最初は」
「そういえばここに着いた日、古参が楽しそうな顔してたな。あれ、なんなんだ?」
ティッキーめ。俺は内心ため息をつく。
「あいつらが突入した時、鉢合わせたんだ」
「突入?」シュウはわけがわからないという表情になった。「どこに?」
「格納庫」
*
俺が最初に〈法〉を教わったのは山地で過ごした子供時代で、教えてくれたのは父だった。竜にからむ〈異法〉はともかく、山地の日常で使う〈法〉は帝国の学校で教えられる〈法〉と基本は同じだ。だが俺の故郷は鉱石の産地だった。帝国は何でも大がかりなものを好む。鉱山なら山全体を統御する〈地図〉を精製して〈法〉を大規模な装置の制御に使う。だが山地の辺境民はそんなことはしない。山地の〈法〉は個人に属し、人間は山と一対一で向き合う。
父が教えた〈法〉は、帝国の基準で考えれば小さくて些細なことしかできなかった。岩の中にひそむ鉱脈を検知し、その部分だけを取り出す、精緻ではあっても小規模にすぎ、合理化に向かない技術で、士官学校でも軍大学でもほとんどお呼びではなかった。しかし帝国が山地の一部を占領して〈地図〉にしたとき、彼らの支配をかいくぐって山へ侵入するのを助けたのは同じ〈法〉だった。この技術は監視から姿を消し、構造物を変形させ、支配の〈地図〉をあざむくために使われた。
で、俺はいま同じ〈法〉を利用して狭いトンネルを這っている。何日も熟考したおかげでルートは頭に入っているし、軍大学の学生特権でサバティカルの最初にこの都市の〈地図〉を調べる機会もあった。いまこの都市の表の道、通常の街路は〈地図〉を掌握した敵の操作によって、実質的に迷路に作り変えられている。しかしメンテナンス用のトンネルはそうはいかない。うっかり弄れば困るのは敵の方だ。
監視を誤魔化すために背景に溶ける〈法〉を使ったが、ほとんどの行程が這って通るような道だったので、小休止も含めると目的地へ達するまで何時間もかかった。まともに立って歩ける非常用通路に降りたときは朝方で、疲労を自覚したとたん自分の行動が不思議なものに思えてきた。
目下この都市は反帝国の勢力――正体はわからないにせよ〈地図〉を奪取するのは反帝国だ――に押さえられているわけだが、帝国軍はすぐそこにいて、いずれ手を打つ。俺はどうしてアーロンに連絡をとろうなんて思ったんだ?
城壁都市の街路の真下にある非常用通路は保守用の小さな光が灯っているだけだ。俺は通路の壁に背中を貼り付けるように立ち、誰が通ってもみえないように〈法〉でめくらましをかけた。疲労のため息をこらえたとき、ささやき声が聞こえた。
最初は空耳かと思った。内容までは聞き取れないが、人の話し声だ。俺は壁にへばりついたまま音を立てないように角までゆっくり移動した。どんな密談をしているにせよ、音を立てている人間が俺と同じように姿を隠したままとは思えない。その一方で、現在この都市の〈地図〉を握っているやつらならひそひそ話をする必要もない。
誰だ?
角からそっと覗いたとき、こちらを向いた男の顔には見覚えがなかった。だがそいつが話している相手は別で、俺に見えるのは背中だけだったが、誰なのかわかった。
もっと近づけば何を話しているのか聴き取れる。足元に注意しながら壁伝いにそろりと動いたとたん、話し声がやんだ。
俺は顔をあげた。アーロンが俺の立つ方向を向いている。
「どうした?」男がいった。
「なんでもない。では突入にあわせて、明日」
男はうなずき、アーロンを通りこしてこっちへくる。俺を覆うめくらましには気づいていない。俺は十分な距離をとって壁から離れた。男を追って一歩踏み出したとき――いきなり背後から腰に巻きついた腕にぎょっとした。顔を覆った手のひらが飛びだしかけた声をとめる。パチッと〈法〉の火花が散った。はがいじめにされた体をふりほどこうともがいたとき、はっと息をのむ気配を感じた。
「エシュ?」
首のうしろでささやかれたとたん背中に馴染み深い震えが走った。自分の体の反応にぎょっとした俺は一瞬遅れ、アーロンはその隙を逃さなかった。俺は背中をホールドされたまま壁に押しつけられ、相手の膝に脛を押さえられた。痛みに気を削がれた瞬間めくらましが解ける。アーロンの息が俺の首筋にかかった。熱かった。
「エシュ――」反響しないよう抑制された声は低く、ききとりにくかった。「どうやってここまで移動した?」
「二本の足で」
「歩いた?」
「むしろ四本の足だな」這っていた時間の方が長かったのを思い出して俺はいらぬことを追加する。「離せ。痛いだろうが」
体を押さえつけていた力が消え、通路がパッと明るくなった。まずいと思うのとぐいっと腕を引かれるのがほぼ同時だった。アーロンが「こっちだ」とつぶやきながら俺の手首を引っ張る。ウィーンと不気味な音が響き、壁の一部がゆっくり動いた。誰かが〈地図〉を弄っているのだ。俺はアーロンを追って全力疾走する。明るく照らされた通路の床は緑色、壁は薄い灰色と白のパターンで塗りわけられている。アーロンは走りながら壁のパターンをたどり、ふいに開いた裂け目のような隙間へすべりこんだ。
俺もあわててあとへ続く。中は真の闇だった。棒立ちになった俺の肩に指らしきものが触れ、はしご段へ誘導した。登ると夜じゅう這っていたのと似た狭いトンネルがあらわれ、前を行く気配を追ってまたも四つん這いになっての行軍だが、およそ数分のことだった。白く切り取られた光が見え、前にいたはずのアーロンが消えた――と思ったら足元から腕が生え、一気に下へひきずりおろされた。俺は自分の部屋と似たり寄ったりの暗い室内に着地したが、アーロンは俺をさらに奥のサニタリースペースへ押しこんだ。オレンジ色の光の下でシャワーの栓がひねられる。
シャワーの真下の床にどしゃ降りの雨のようにぬるい水が跳ね返る。横の壁に背中を押しつけられ、俺は飛んでくる水しぶきに顔をしかめた。髪をつたって零れたしずくがひたいを垂れる。
「なぜ来た?」アーロンがいった。
「なぜ?」
とっさに答えが思いつかず、俺は馬鹿みたいに繰り返した。アーロンは俺に覆いかぶさるように壁に手をついている。おかげでこいつの顔と襟首しかみえない。
「聞こえない」
アーロンがまたいった。短く刈った髪の先にとまった水滴が妙にはっきりみえ、俺の髪にもさらにしぶきが飛んでくるのに唇は乾いている。舐めるとアーロンの視線がうごき、喉ぼとけが上下した。
「アーロン、音がうるさい」
「壁に耳ありだからな」アーロンの眸はとても近かった。「なぜ来た?」
「待つのに……飽きた」
やっと言葉が出てきた。俺はまた唇をなめた。どうしてこんなに渇くんだ?
「アーロン、何を計画してる? さっきの男は誰だ? 突入といったな? 明日?」
アーロンは口もとに指を立てた。俺は声を出さずに唇だけ動かした。アーロンはうなずき、俺は頭に叩きこんだこの都市の構造を思い浮かべる。この事態を引き起こした連中がいるにちがいな場所といえば――
「勝率は?」
そう口にだしてから、士官学校であの戦略シミュレーション――タロンを対戦していた頃、何度も同じ質問をしたことを思い出した。アーロンの眼尻がかすかにあがった。
「条件で変動する」
「俺も加わる」
「エシュ、」
「説明しろ」
「いま?」
俺はまばたきした。アーロンと視線があった。こいつはまだ壁に手をついている。俺が逃げ出すのではないかとでもいうように。膝と膝がぶつかり、太腿が触れた。しずくが髪から肩にしたたり、冷たかった。シャワーのぬるい水がタイルを叩く音がひどくうるさい。
おたがいの唇が触れあった時も俺はそれを気にしていた。軽く触れただけのキスが深くなったときもまだ、水の音を聞いていたのだ。それがいつのまにか心臓の音にとってかわったのはどうしてか。なぜこうなるんだ。たかがキスくらいで。
飛んできた水滴がかさなった唇のあいだを垂れ、俺のものでない舌が舐めた。耳の裏側を指でなぞられ、背筋が震える。俺はアーロンの首に腕をまわし、あいつの指が俺の髪をまさぐるのを感じる。息があがるほどお互いの唇をむさぼって、ようやく顔を離した。
「アーロン、説明しろよ……」
「おまえとおなじだ」耳のすぐそばでささやくアーロンの声は小さく、水音に消されそうだった。「待つのに飽きた」
湿った髪をひっぱられ、乾いたベッドに背中を倒される。アーロンの手で裸に剥かれるのを俺の体は喜んでいる。この都市がこんな状態になる前はこいつのことなんて考えなかったはずなのに。アーロンの唇が胸に触れたとたん思ってもみない声が口から飛び出す。こんなはずじゃない。俺はシーツの上で首をふるが、アーロンは俺の左胸に鼻を押しつけたままささやく。
「声を出せ、エシュ……」
壁に耳ありだから? 馬鹿じゃないのか。俺の頭はそう思うのだが、体はちがう反応をする。アーロンが舌で俺を弄ぶと許可でも受けたようにさらに大きな声が出た。アーロンは猛った自身を俺に押しつけながら耳元で「計画」をささやいた。
この事態が勃発してからこいつは一日もじっとしていなかったらしい。目立たないように城壁都市にいる軍大学の学生や休暇中の軍属と連絡をとろうと試みていた。都市の運営に関わっていた行政官と軍人は敵に連れ去られたが、一時滞在の軍属と学生は見逃している。いま〈法〉が使える人間はそれだけだ。
「アーロン――」
俺はうめく。アーロンは俺をうつぶせにして足をひらかせ、オブラを突っ込みながら俺の耳元で話を続けている。尻の上のあたりに熱を押し当てられると、どうしようもなく内側が疼いた。
まったく、こいつはどうかしてるんじゃないのか。こんな話をしながらよく――醒めないでいられるもんだ。
「アーロン……竜はどこにいると思う」
「竜?」
「連中、竜をどこに……」
俺の中を押し開くように動いていた指が一瞬とまり、また動き出した。俺は快楽の一歩手前でとめられ、いまいましくてたまらないのに動くこともできない。
「アーロ――」
「最上層の厩舎に閉じこめているか、でなければ真下の格納庫だろう」
「そう思うか?」
「生きているのなら……他は考えにくい」
奥をまさぐる指が増えた。ふいに快楽の中心をえぐられる。
「あっ……ん――」
いったいどうしてなんだろう。アーロン|だ《・》|け《・》がこんなに俺に感じさせてしまうのだ。夜中じゅう動きつづけて疲労困憊のいまでさえ、刺激のひとつひとつが強烈すぎた。このままでは何も考えられなくなる。
「俺はそっちをやる」俺はうつぶせになったままなんとか言葉をつないだ。
「エシュ?」
「竜を解放すれば……あ……ぁ……」
「竜か。いつもそうだ」
アーロンがぼそっといった。
後口から指を引き抜かれると安堵と欲求不満の吐息が同時に漏れ、俺は物欲しげに腰を揺らす。前に回ったアーロンの手が俺自身の濡れた尖端を握った。後口に熱が押し当てられる。俺の体はアーロンの形を覚えている。楔がゆっくり奥を穿つだけで鼻にかかった声があふれる。
*
あのとき格納庫に閉じこめられていた竜たちはすべて帝国の標準種だった。皇帝がコレクションする変異種とはちがう。彼らにくらべれば従順な生き物だ――とはいえ竜は竜だし、都市の〈地図〉を弄れるからといって竜の〈地図〉を扱えるとも限らない。〈地図〉と〈法〉は結局のところ専門職の領分なのだ。
あとでわかったが、城壁都市の〈地図〉を占拠した反乱の首謀者は辺境の出身ではなく帝都の反帝国結社の連中だった。当時の〈黒〉は反乱者の弱点は竜の維持にあるとみて、突入に踏み切った――他の軍団から抜け駆けしての単独作戦だった。
アーロンが計画し、土壇場で俺が加わった内部からの襲撃と〈黒〉の突入が重なったのはただの偶然だ。もっとも人によっては「神のご加護」があったからだという。俺とちがって帝国臣民は信心深いのだ。
「じゃ、エシュはほんとにあの事件がきっかけで〈黒〉へ来たんだ?」
シュウが無邪気な口調でたずね、俺はあいまいにうなずく。城壁事件がなければ俺が〈黒〉と接触することがあっただろうか?
皇帝のコレクション・ルームは静かだ。シュウは変異竜の〈地図〉ひとつひとつをじっくり眺めながら歩き、俺はそのあとについて歩く。標準種の〈地図〉は、透明なメディウムに放射状に|精髄《エッセンス》が浮かび、整然としたパターンを形づくる。帝国が把握していない野生竜のそれは部分が標準種に似ているものの、ランダムパターンが入りこんでいる。〈法〉を使ってさらに手を加えられた変異竜の〈地図〉は、標準種に比べれば奇形に等しい。
「はずれている方が美しいのさ」
俺の心を読んだかのようにシュウがいった。「僕が〈黒〉に来た理由だ」
はずれている、か。最初に〈黒〉に出会ったとき、彼らが帝国軍とは信じられなかった。
(おい! あんたらはいったい何だ?)
叫んだ俺にむかって男がちょいちょいと指をふる。がっちりした体つきに四角い顎、いかつい眉毛がにゅっとあがる。
(悪いな、これでも帝国軍だよ。聞きたいのはむしろこっちだ。おまえはなんだ? 竜をどこへやった?)
(見ての通りだ。外へ出した)
俺は窓の外へ手を振り、解放された竜の群れをみる。彼らは乗り手なしで空中にいるが、俺は指笛を吹き、注意を引きつける。標準種の竜は特定の音に反応する。厩舎の連中はみな知っているし、辺境民の俺も知っている――それも知らずに竜をただ閉じこめているなんて、ここを占領した連中は馬鹿だ。
(ティッキー、どうした)
金髪の男がうしろからひょいと顔を出し、とたんに俺は凍りつく。この男――
(おや? 彼なら知ってる。軍大学の学生だ。そうだろう、エシュ)
(団長、あんたは顔が広すぎる……)
抜け駆け? まさか。もちろん皇帝の意向をくんでの作戦さ――かなりあとになってイヒカはそういったが、学生の俺は〈黒〉の存在を知らなかった。帝国の軍団には〈黄金〉〈碧〉〈青藍〉〈紅〉〈萌黄〉〈紫紺〉〈灰〉のほか、皇帝直轄の特殊部隊があるという話自体は士官候補生でも知っている。だがほとんどの軍人はそんなものと無縁におわるから、実物に関わることはない。
第一、皇帝直轄といっても陛下に拝謁したことがあるのは団長のイヒカだけ。そのイヒカはいま帝都へ送られ、彼の処遇に関する指示は〈黄金〉からきた。副官の俺は皇帝に拝謁したことなどない。〈黒〉はこの先どうなるのだろう。
「エシュ、これなんだけど」
シュウがとある〈地図〉を指さしたとき、耳骨に振動が響いた。
『エシュ。どこにいる』
通信機から聞こえたのはアーロンの声だ。俺はあたりに視線をめぐらせ「博物館だ」と答えた。
「どうした?」
『知らせがふたつある』
「いい知らせだけ聞かせてくれ」
反応はすぐになく、はっきりとわかる間があった。俺は眉をひそめた。アーロンがためらうのはいい兆候ではない。
『悪い知らせから話そう。イヒカ殿が連れ去られた』
「なんだって?」
『帝都で襲撃があり、その後消えた。〈碧〉と〈灰〉は……疑いを持っている。軍はもちろん捜索する。もうひとつの知らせだが』
「おい、アーロン! くわしく聞かせろ!」
『あとだ。もうひとつの知らせだ。おまえの査問が決まった。今夜中に帝都へ行かなければならない。すぐ戻れ』
俺の返事を待たずに通信は切れた。シュウが俺をみつめていた。
「悪い知らせしかなさそうだね」
「どうだかな」
俺はまたあいまいに首を振る。「これがカードゲームなら良いも悪いもない。情報は使えるか使えないか、それだけだ」
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