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【第3部 翼の定位】24.鉄心

 上空から見下ろした帝都は以前と変わらない壮麗さだった。美しい庭園に囲まれた邸宅や華やかな商業地域、その向こうには軍本部の広大な敷地。反対に目を向けると行政庁の白亜の建物が輝き、その奥に宮殿の威容が広がっている。  アーロンはエスクーを軍本部の飛翔台へ降下させる。イヒカを護送するカプセルはエスクーのあとに続く竜が運んでいる。上空からみてもはっきりわかるくらい、飛翔台の周囲には群衆が集まっていた。エスクーがなめらかに飛翔台へ着地すると、群衆が大きくどよめき、拍手喝采がわきおこった。 「アーロン! 竜石の英雄!」 「黄金のアーロン!」  アーロンにとっては予想外の、途惑わせるほどの歓迎ぶりだった。イヒカを護送しているのもあり、ひっそりとした出迎えを受けるとばかり思っていたのだ。剣を身につけたまま竜の背から降りる姿を、取材の記者たちが撮影していた。アーロン直属の上官である〈黄金〉のカディームが両手を差し出している。 「まったく、本物が目の前にいてもまだ信じられないぞ」  両手をきつく握られてアーロンは苦笑いする。カディームはぱっと手を離すと両腕を広げ、アーロンの肩を抱きしめた。  左右に迫る人の列に笑顔を向けながら屋内へ入ると、ひとの目がようやく減る。 「まったく、生きていただけで驚きなのに手土産つきとは、やってくれる。その手足は本物か? まぼろしじゃないな?」  カディームの口調はすこし呆れているようで、アーロンは苦笑いした。 「ええ、頭から指先まで本物ですよ」 「そいつを確かめるために問い合わせが殺到してる。生き返ったばかりで悪いが、しばらく座る暇もないぞ」 「軍の任務とあらばいくらでも。捕虜の尋問にも立ち会わせてください」 「ああ、その件も聞いている。立ち合いに問題はないが、尋問が行われれるのはすこし先になりそうだ。皇帝陛下の意向でな」 「では、それまでイヒカは拘置所に?」 「ああ。皇帝陛下としては元〈黒〉団長に何か特別なことをお考えなのかもしれない。ひとまず軍本部の尋問は待てとのことだ」  カディームは淡々と告げたが、アーロンには上官の態度が無関心すぎるように感じられた。イヒカはただの裏切り者ではない。帝国から辺境へ寝返った元軍団長である。  通信基地でも感じた違和感を思い出しながら、アーロンは無意識のうちに心を飛ばし、厩舎のエスクーの様子を確かめようとした。エスクーは古くからの友人のようにこたえ、そのとたんアーロンは竜のまなざしを共有していた。上官と廊下を歩きながら、エスクーの目線で厩舎を眺めていたのだ。  帝国軍の竜はおとなしく仕切りに収まっている。覇気のない様子で、突然現れた新参の竜にも無関心だ。アーロンはエスクーの苛立ちを自分のことのように感じとった。この竜たちはまるで軛でもはめられているかのようだ。あるいは周囲に関心をみせるのを恐れているのか。頑なに内側へ閉じこもろうとしている。  しかし表面上は、何もかも以前のままだった。目に見えるような違いはアーロンに対する他の兵士の態度――たとえば、廊下をやってきた見知らぬ下士官がアーロンに気づいたとたん、雷に打たれたように立ち止まったことだ。カディームが小さく笑った。 「しばらくは誰に会ってもあんな調子だぞ。覚悟しとけ」  両親は宮殿で待っていた。専用の自動軌道から降り立ったアーロンをヴォルフは固い握手で出迎え、笑い泣きのような表情で抱きついてきた母親は、アーロンの腕の中でひとまわり小さくなったようだ。しかしひとたび再会の興奮が過ぎ去り、宮殿の召使たちが案内に立つと、ふたりの様子はどこかぎこちなくなった。 「今晩は私たちの屋敷へ戻りなさい。ゆっくり話そう」  ヴォルフは何かを憚るような小声で話した。 「あなたの家にも風を通しておくわ。そのままにしておいてよかった」  母の声はかすかにふるえていた。アーロンは竜の胎の中でいつのまにか過ぎてしまった一年という時間に思いをはせ、うしろめたさと申し訳なさに目をふせたが、そのときふいに、両親の吐息からこれまで知らなかった匂いを嗅ぎとった。  。内なる竜にひっそりと告げられた気がして、アーロンは思わず眉をあげる。竜は人間が放つ恐怖を嗅ぎとる。こんなことがわかるのも、エスクーと知覚を共有した結果だろうか?   いったんそう自覚したとたん、アーロンは宮殿にただよう空気にも、以前なら気づかなかったものが感じられるように思いはじめた。宮殿の華麗な装飾は記憶にある通りだが、侍従たちはどことなく落ち着きがない。廊下の隅でささやきかわしていた者たちはアーロンの視線に気づいたとたん、慌てたように顔をそむけた。  案内されたのは大謁見室ではなく御座の間だった。皇帝がお気に入りの上級将校を呼び出す際に使われ、アーロンは何度も入ったことがある。侍従が扉をあけてアーロンの到着をつげたときは、大勢の人間の視線にさらされないのをありがたいと思った。ところが中へ足を踏み入れた瞬間に起きたのは予想外の出来事だった。  アーロンは息がとまりそうな感覚に襲われ、膝をつきそうになったのだ。  御座の間は青い光で輝いていた。中心に御座が置かれている。アーロンの記憶にある御座は〈地図〉を模した透明な立方体で作られていた。しかしいま、御座はアーロンの前で青く輝いている。  あれは竜石でつくられている。それだけではない、御座の周囲の壁も床も竜石で覆われていた。アーロンが悟るのと同時に、まぎれもない皇帝の声が響いた。 「アーロン。よくぞ戻った」  皇帝の周囲には行き場の定まっていない、すさまじい〈法〉の力がうずまいていた。〈法〉能力のない者は頭をあげることもできないかもしれない。アーロンは無意識に剣をさがしそうになった。宮殿に武器はもちこめないから剣は軍本部に残してある。帝国臣民としては当然のことだが、自分が丸腰なのがひどく心もとない。それでもなんとかまっすぐ御座のまえに進み出て、片膝をつく。 「神も告げなかったぞ。一年ののち、失った英雄が戻ってこようとは……」 (俺は皇帝におまえを殺せと命じられた)  エシュがうちあけた言葉がアーロンの脳裏で冷たい刃のようにひらめいたが、アーロンはおくびにも出さなかった。 「ふたたび陛下に拝謁できましたことを心より喜んでおります。帰還が遅くなりましたこと、誠に申し訳ございません」 「いいや。おもてをあげよ」  アーロンは膝をついたまま顔をあげる。皇帝は御座にゆったりともたれるように座り、朗らかな笑みをうかべている。竜石の青い光に照らされているせいか、その顔も肉体もひどく人間離れしてみえた。  皇帝の背後でカチンと音を立て、何かが動いた。数えきれないほどの〈地図〉が御座の背後の空間に浮いているのだ。竜石の青い光に支えられるように〈地図〉は宙を漂っている。ランダムなようでどこか規則性を感じる動きにアーロンは魅入られそうになり、あわてて目をそらした。とたんに皇帝陛下の満足そうな笑みに出会った。 「さすが竜石作戦を立案、成功させた英雄よ。そなたについて余は思いちがいをしていたかもしれぬと――以前も思ったのだが、今もまた考え直しているところよ。そなたの帰還を喜ぼう。これで余の英雄がふたり、ここへ揃ったことになる」 「ふたり――とは」  きちんとした発言をするつもりが、アーロンの喉から出たのは途切れるような声だけだった。御座からあふれだし、あたりに充満する〈法〉に体がなかば痺れたような感覚に襲われていたせいだ。それでも思考ははっきりしていた。アーロンの内側にひそむ竜は竜石の〈法〉に惑わされてはいなかった。 「むろん、そなたと共にこの竜石をもたらした者よ。余が特別な寵を与えている者だ。エシュ」 「しかし陛下……エシュは……」 「そなたのように竜と戦って命を落としたというのであろう? だがそなたとエシュが手に入れた竜石は奇跡を可能にする」  皇帝の背後に人影があらわれ、自分のすぐ隣で膝をついた。アーロンは何度か目を瞬き、肩のあたりで切りそろえられた黒髪が揺れるのをみる。 「エシュよ、アーロンが戻ったぞ」  青珠が軍服の襟で輝いた。青い光になかば染まったエシュの顔がアーロンをちらりとみる。唇がかすかにあがり、すぐに皇帝の方をむいて、微笑みかけた。アーロンの背筋に寒気が走った。 「愛いやつめ。いつものように余に仕えよ」  はエシュのかたちをしているが、エシュではない。  アーロンの内側にいる竜はとうに確信していたが、素早く立ち上がった『エシュ』はアーロンが知る本人そのままの優美で軽快な動きをした。御座のすぐ前、皇帝の足に触れられるほど近くへ進み出て、また膝をつく。皇帝の手が伸びると、愛玩動物のようにその頭を撫でた。淫靡に動く指がエシュの黒髪をかきまわし、するりとさがって、顎をつかむ。唇に届いた皇帝の指をエシュは口に含み、アーロンがみていることなど気づきもしない様子で咥え、舐めている。 「陛下……ドルンは……」  エシュの顔がもっと深く、皇帝の膝に沈んだ。アーロンは耳に届く卑猥な音を聞こえないふりをする。「ドルンか。あれも余の可愛い玩具だ。そこにおる」  皇帝の視線を追ってアーロンはふりむいた。竜石の青い光が輝くなか、腕に抱えられるほどの大きさになったドルンがぽかりと浮かんでいる。 「こやつの外見は恐ろしいが、この大きさならかわいらしいであろう? しかし余が必要としたときはすぐに外へ出て戦えるのだ。思うままにこの世界を支配して楽しむ」  アーロンの内部の竜が激しく身もだえした。ドルンのかわりに苦しんでいるように、アーロンの胸の内がきりきりと痛む。なんとか無表情を保ったままアーロンは恭しく頭をさげる。しかし表面とは裏腹に内側で燃えさかる怒りのせいか、体を押さえつけるような皇帝の〈法〉の力をアーロンは感じなくなっていた。剣が欲しかった。  宮殿を出た直後から、多忙にもかかわらず無為な日々がはじまった。  アーロンの毎日は軍本部と宮殿のあいだで調整されたスケジュールで埋められていた。報告会や会議、訓練のような通常の業務のあいまに多大な時間をとったのは「帰還した英雄」をめぐる社交行事だ。軍には取材の申込も連日入ったが、カディームは任務の一環として受けるように命じた。ようやく休日が訪れてひとりになれたとき、アーロンは心の底からほっとした。  自宅はそのままだったが、庭の薔薇は枯れていた。テラスの窓を開け放ったままぼうっと意識をさまよわせていると、帝都にいる竜の鳴き声が小さく聞こえてくる。耳ではなく心の底に響いてくるのだ。エスクーの存在はいつもはっきりとわかる。他にも小さくこだまする響きがあるが、覆いでもかぶせられたようにぼんやりしている。  これらぼんやりした存在はすべて、帝国軍の竜だ。皇帝の元にある竜石の力は帝都の竜に影響を及ぼしていた。アーロンがやらなければならないのは彼らを目覚めさせることだ。皇帝に気づかれずにそれができるだろうか?  いや、自問するまでもない。俺にはできるだろう。それはわかっていた。単にアーロンはエシュと話がしたかっただけなのだ。エシュ――皇帝に侍っているエシュでない、アーロンのエシュ――はいまどこにいるのか。  計画通りにエシュが城壁都市の〈黒〉を掌握できれば公式に連絡がとれそうなものだった。ところが城壁都市の〈黒〉は帝都の軍本部から無視されていた。いや、どちらかといえば〈黒〉を率いる『エシュ』と皇帝陛下その人が軍本部を無視している、という方が正確だ。 『エシュ』――〈黒〉の団長は帝都で皇帝に侍り、毎夜、帝国全土に放送される礼拝にあらわれる。城壁都市の〈黒〉は出動もないまま潤沢な予算を浪費しているが、〈灰〉も〈紫紺〉もとやかくいわず、腫れ物を避けるように扱った。  毎晩の夜の礼拝をアーロンは一度みたものの、二度目はないと即座にきめた。とても奇妙な行事だった。歴代皇帝の公式行事に「神への祈り」はこれまでもあった。しかし竜石を手に入れた皇帝がはじめた礼拝は、帝国臣民に対して、神ではなく自分自身に祈りを捧げさせるようなものだ。ひざまずく『エシュ』をみるとアーロンのはらわたは煮えくり返った。礼拝のあとに皇帝が『エシュ』に何をさせているか考えればなおさらだ。  あれはエシュではない。そう考えたところで皇帝に対する嫌悪は増すばかりだったが、同時になぜか劣情が湧き上がってくるのにもアーロンは苛立った。  玄関でベルが鳴った。  アーロンはゆっくり立ち上がった。帰還した英雄としてあちこちで取材されているために、アーロンの顔はふたたび帝都に知れ渡り、軍本部には見知らぬ庶民や貴族から手紙や花、贈り物まで届くようになっている。来訪者をたしかめようと小窓をのぞいたが、みえたのはすらりと伸びた首と美しい顔だ。 「セラン」 「ヴォルフ殿のお屋敷へ伺ったのですが、こちらだといわれました」  帝都についた日を最後にセランには会っていなかった。イヒカの様子は確かめる機会があったが、セランはアーロンよりも多忙だったからだ。この一年で〈使者〉の上級職に昇格し、宮殿と行政庁のあいだを調整する重要な役目を担っている。  テラスの窓からセランがさっと庭を眺めたのにアーロンは気づいた。 「薔薇は枯れたから抜いたと母がいっていたよ」 「ええ、あなたがいなくなってから、ここはしばらく放置されていましたから。僕が薔薇の世話をするべきだったのでしょうが」 「まさか。もともと庭師まかせだったんだ。今日はどうした?」 「あなたが心配だったので」セランは艶やかな微笑をうかべた。 「お疲れだとは思いましたが、顔を見たかったんです。帝都はいかがです?」 「辺境とは大違いだよ」 「皇帝陛下はあなたが戻られてこのうえなくお喜びです」 「そうかな」アーロンは用心深くいった。「陛下がご機嫌うるわしいのは〈黒〉の団長のおかげだろう」 「あなたには不愉快なことでしょうね」  セランの口調は淡々としたものだった。アーロンは鋭い視線を向けた。 「まさか。うかつなことをいわないでくれ」  セランはふっと目元をゆるめた。 「僕は非難などしていませんよ。たとえあなたがあの人を愛していたとしても、もう終わったことでしょう? 皇帝陛下のもとにいる『エシュ』陛下の力で呼び戻された……何かです。陛下はあれに夢中だ」  そういったセランの眸の奥にはどことなく不穏な気配があった。 「なにがいいたい?」 「次代皇帝の指名はどうなると思いますか?」 「陛下がそんな話をされているのか?」 「いいえ」セランは首をふり、細く長い指を曲げ伸ばしした。 「皇帝陛下のお力で辺境はもうすぐ完全に制圧されます。世界は完全に帝国のものになるでしょう。でも皇帝陛下の御座の間には何がいると思います? あなたもご覧になったでしょう」 「御座――」アーロンは低くささやいた。「ドルンか」 「そう、竜です。辺境から竜がいなくなっても、宮殿の中枢には竜がいる。それも悪鬼のような竜だ。皇帝陛下は竜の乗り手を我が物とし、竜の力で帝都を支配している。あなたはそんなときに戻ってきた――英雄として。そして英雄とはいつも……竜を倒すものです」 「セラン、口をつつしめ」  アーロンはきっぱりといったが、セランはまだ微笑んでいる。 「もうすぐ宮殿であなたの帰還祝賀会がひらかれるでしょう?」 「ああ」 「そのときあなたに何人か紹介したい人がいます。行政庁を中心とした、帝国について心から案じているものたちです。アーロン、僕は帝国への反逆など思ってもいません。これはすべて帝国に忠誠を誓う心ゆえです」  帰還祝賀会は軍本部ではなく、皇帝の命令により宮殿が主催したものだった。  晩餐会ではなく略式の立食パーティである。夕刻から夜にかけて、光で飾られた宮殿の庭で行われた。大掛かりな催しで、軍本部や行政庁の主だった地位の者のほか、名だたる上流の人々や芸術家などが大勢招かれた。装飾には〈法〉がふんだんに駆使され、派手な余興がつぎつぎに行われた。  皇帝の座所は庭園の奥にしつらえられたあずまやに設けられていた。竜石を模した宝石で飾りつけられた華美で贅沢なものである。アーロンが知るかぎり、現皇帝は先代とはちがい、古くから続いた華美な習慣や服装を嫌ったはずだった。しかしたった一年のあいだに、宮殿には皇帝自身が廃した習慣が戻っている。  御座には『エシュ』が侍っていた。周囲の者たちにとってはもう当たり前のことになっているらしい。皇帝は主賓であるアーロンに祝福を与えたあと、すぐにあずまやの奥へひきこもってしまった。薄いとばりの奥でなにが行われているのか、アーロンはつとめて考えないようにした。たとえあそこにいるのがほんとうのエシュでなくとも、不愉快なことに変わりはない。 〈使者〉の白い服を着たセランはパーティでひどく目立っていた。アーロンは行政庁の高官や元官僚につぎつぎに紹介された。みな、アーロンの奇跡の生還をよろこび、どうやって生きのびたのか、脱出したのかを聞きだそうとする。アーロンはあまり言葉数を費やさないようにしながら、用意した偽りの脱出劇を話し、解放されるとひとり椅子に腰をおろして、遠くから響く竜たちの声に耳を傾けた。  いつも最初に感知できるのはエスクーだ。さらにエスクーの近くにいる竜たちが意識につながってくる。エスクー以外の竜は未だにぼんやりとまどろんでいるが、アーロンは無為な日々のあいまに口実を作っては各軍団の厩舎へ足を運んでいた。竜たちに触れるためだ。 「やあ。お邪魔だったかな」  突然投げられた人の声にはっとした。なぜか近づく気配に気づかなかった。目の前にいるのはおよそ十年ぶりにみる顔だった。最後に会ったのはアーロンが軍大学に入学したころではなかったか。 「ルー……様」 「アーロン」  ルーは瀟洒なスーツを着こなしていた。ひたいにはアーロンの記憶にない皺が何本も刻まれている。髪には白いものがちらほらと混じっていた。 「会えてうれしいよ。エリオンを連れて戻ったそうじゃないか」  。 (私のことは、そうだな、エリオンとでも呼んでくれ)  アーロンは唇を湿らせる。かつて帝都の繁華街で逃亡中のイヒカがこの名を告げたとき、こんなことは予想だにしなかった。 「ええ、たしかに。彼とあなたが友人だったとは知りませんでした」  ルーの唇がほころんだ。「そうか。ではたった今知ったわけだ」 「あなたが協力者だったのか」  ルーは胸のまえで手のひらを小さく振った。 「ここ半年はただ存在していただけさ。私はものごとを素直に受け取れないたちでね。最近の帝都は奇跡をすぐに真に受けるようだが、私はついつい考えこんでしまう。ここへ確認に来たのは正解だったな」  あたりで人がどよめいた。日が暮れた空に華麗な花火の大きな輪がひらいたのだ。〈法〉によって制御された光の模様は空一面を覆い、一拍遅れて火薬の音がつづく。アーロンは唇をほとんど動かさずにささやいた。 「ルー様。エシュは生きています」  あずまやのほうへ視線を流したルーに小さく首をふる。 「あれは偽物だ。本物のエシュはいまごろ、城壁都市にいる」  光の花がつぎつぎに夜空を彩り、火薬の音がリズミカルな伴奏を響かせる。人間はみな光と音に気を取られている。だがその時、アーロンの心の底をべつのものがかすった。エスクーの黄金のきらめきが呼びかけているのだ。 「来たか」  我知らずアーロンは立ち上がり、ルーの腕に手をかけていた。ルーは困惑した様子でアーロンをみつめる。 「どうした? 私はエリオンを連れ帰って何をするつもりか、聞きたかっただけだ」 「俺は行かなければなりません。あなたも来ますか?」 「どこへ?」 「竜の元へ」  すでにアーロンの意識は半分エスクーのもとにあった。夜空で響く花火の音は激しさを増していたが、帝都の地下深くはすこしずつ、すこしずつ静けさを増していた。帝都を囲む環から供給されるエネルギーのレベルが下がりつつあったのだ。人間がいまだ感知できない差異に、竜だけが気づいている。

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