106 / 111
後日談 すべてのものが実るとき 4.アーロン―すべてのものが実るとき
首飾りのように輝く灯火の光が夜の湖を取り囲んでいた。
エスクーはゆっくり高度をさげ、以前は帝国基地だった広い敷地に着陸した。アーロンは鞍に座ったまま、忠実な友の鱗を撫でる。エスクーはすこし眠そうだ。長距離の単独飛行は久しぶりだった。アーロンもいつになく疲れていた。二頭で飛ぶのに慣れてしまったこのごろは、単独飛行の緊張感を忘れがちだ。
湖をわたる風が水の匂いを運んできた。建物の窓は暗い。もう深夜だ。エシュもシュウも寝たにちがいない。
アーロンは試料をおさめた鞄を手に竜の背から飛び降りる。厩舎の方向へ歩きはじめるとエスクーは勝手についてきた。開きっぱなしの戸口から中に入る。ツェットの羽根がさわさわと擦れる音がして、小さく、さえずるような鳴き声が響く。
「おかえり、か」
エスクーがツェットとおなじ囲いへ入るのをアーロンは見守り、それから囲いの周囲をぐるりと歩く。必要なものはすべて整っているし、ツェットはエスクーの食事には手をつけていない。エシュはツェットを大食いだとぼやくが、この竜はエスクーの気分を害することはしないのだ。今は止まり木から首をのばしてエスクーの頭にこすりつけている。
異常がないと確認して、アーロンはまた戸口へむかいかけ、ふと足をとめた。積み藁の前に黒い影がみえたのだ。
近づくと非常灯の暗いオレンジ色に照らされて、胎児のように丸くなった体がある。アーロンはその前にしゃがみこんだ。
「エシュ」
黒髪の男は積み藁にもたれたまま眠ってしまったらしい。エシュはときおり、どうしてこんな場所で眠れるのかと思うようなところで眠る。アーロンは顔を近づけて様子をたしかめる。エシュの呼吸は規則正しく、寝顔は安らかだ。そっと頬に手を触れても、まるで目覚める気配がない。
抱きあげて運ぶか、このまま置いていくか。
しばし迷ったあげく、アーロンはエシュのそばに座った。
藁束にもたれて、エシュの黒髪をそっと撫でる。暗い灯火をうけて、ちかりと金の筋が光るのがみえた。
戸口の方から外の空気が入りこみ、竜の金臭い匂いと乾いた草の匂いに混じりあった。どこからか、かすかに甘い花の香りがする。春の匂いだ。
世界の理 は変化し、帝国も人々も変わっていく。いつか、すべてのものが実るときが来る。
ともだちにシェアしよう!