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第152話 見えない糸4
こうして始まった瑞希との同居生活は、意外と心地よかった。
一人暮らしの気軽さにすっかり慣れていたから、そこに従弟とはいえ他人が入り込んでくることに、多少の億劫さはあったのだが、瑞希はまったく手の掛からない子だった。
朝は自分で起きて、さっさと学校に行く準備を済ませ、智也が簡単に用意したトーストを齧って出掛けていく。
最初のうちは、育ち盛りの少年にキチンとした朝食を作らなければ……と気負っていたのだが「大丈夫。智くんは起きる時間、不規則でしょ?僕、自分でするから寝てて」と笑う瑞希に、背中を押されて寝室に戻された。そんなことが何度か続いているうちに、あまり気を使いすぎると、かえって瑞希の居心地が悪くなるのだと気づいた。
お互いに、出来る時は相手の分の食事を用意する。それ以外は個々のペースで好きに生活する。そんな風にして、ひょっこりやってきた居候の存在は、まるで住み着いた猫のように、自然と馴染んでいった。
「瑞希くん。今日は学校、休みだろう? こないだ言ってた撮影現場、見学に行ってみるかい?」
久しぶりに連休が取れた朝、遅い朝食を一緒にとりながら、智也が誘うと、瑞希は目を輝かせた。
「わ。ほんとに連れてってくれるの?」
「ああ。事務所に見学の許可はもらっているんだ。君の都合さえよければ、一緒に行ってみようか」
「うんっ。ありがとう、智くん」
それは、祥悟の撮影現場だった。
祖父の屋敷で祥悟に会わせて以来、瑞希はすっかりファンになってしまった様子で、祥悟が載っている雑誌を片っ端から集めているのだ。
撮影現場を見に行ってみるかい?と聞くと、瑞希は嬉しそうに目を輝かせていた。
智也自身はというと、最近なるべく、彼に会わないようにしているのだが。
距離を置くという自らの誓いを、智也は忠実に実行していた。
以前はまるで付き人のように、自分がフリーの時には、祥悟の仕事場に頻繁に顔を出していた。
今は、事務所や撮影所で姿を見かけても、顔を合わせないようにそそくさと立ち去っている。祥悟からの気まぐれな電話も途絶えていたし、もちろん、自分からは連絡していない。
だから、祥悟の姿をまともに見るのは、3ヶ月ぶりなのだ。
「智くん。嬉しい?」
不意に、瑞希が首を傾げながら問いかけてくる。智也は目を丸くして、瑞希の顔をまじまじと見つめた。
「嬉しい? 俺が? ……どうして?」
瑞希はふふっと小さく笑って
「なんとなく。智くん、今すごく優しい顔してたから」
ちょっと意味ありげな目をする瑞希から、智也はさりげなく視線を外して、紅茶をひとくち啜った。
……嬉しいのだろうか。俺は。祥悟に会える、ただそれだけで。
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