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第155話 見えない糸7
「智くん……大丈夫?」
「あ……ああ。大丈夫、平気だよ」
「でも……さっき真っ青な顔、してた」
撮影がいったん休憩になり、智也は瑞希を連れてスタジオから出た。本当は顔見知りのスタッフに挨拶を……と思っていたのだが、心がざわついてそれどころではなかった。
洗面所の鏡に、自分を覗き込む瑞希の心配そうな顔が映る。智也は務めて微笑みを作り、瑞希の方を振り返った。
「智くん。具合、悪いなら、もう帰ってもいいよ? 僕、充分見せてもらえたから」
「心配要らないよ、瑞希くん。せっかく見学に来たんだから、祥悟にも会いたいだろう?」
「でも……」
「このところ、かなり時間が不規則だったからね。体力が落ちてるだけだよ」
瑞希は顔を歪めて、智也の腕を両手でぎゅっと掴んだ。
「うん。じゃあもう帰ろう、智くん。祥悟さんに会うのは、また別の機会でいいから」
「いや。祥は俺たちが来てるのに気づいてる。このまま挨拶せずに帰るのも……ちょっとね」
苦笑する智也に、瑞希はそっと寄り添った。
「智くん……無理してる。僕、ずっと気になってたんだ。祥悟さんに……本当は会いたいんだよね?」
「……っ」
瑞希は怖いくらい真剣な目を、真っ直ぐに向けてくる。智也はすっと視線を逸らした。
「智くん。1度、ちゃんと祥悟さんと話した方がいいと思う。智くんが祥悟さんのこと、どう思ってるのか」
「それはしないよ、瑞希くん」
「逃げちゃ、ダメだよ。智くんの気持ち、祥悟さんは知らないんでしょ? ちゃんと伝えなきゃ、想いは伝わらないよ」
「……やめてくれ、瑞希くん。そのことは、たとえ君にでも言われたくないんだ」
瑞希に背を向けようとしたが、腕をぎゅーっと引っ張られた。
「さっき、祥悟さんを見た時の、智くんの顔。僕、ちゃんと見てたよ。どうして? どうして祥悟さんに会うの、わざと避けてるの?」
「そのことは、前に言ったよ。俺は……祥を、忘れたいんだ」
「そんなの、嘘だよ! 智くんは、忘れたいなんて、思ってない。本当に忘れたいなら、あんな目で祥悟さんを見たりしない」
智也は縋り付く瑞希の手を振り払うと、その手で鏡をバンっと叩いた。
「それ以上、言うなっ」
瑞希がビクッと飛び上がる。智也は内心舌打ちして、不意に沸き起こった激しい衝動を必死に抑えた。
「俺が、どんな目で祥を見てたって? それを俺に分からせてどうするんだい?」
「智くん。僕……」
「ああ。忘れられないよ。自分でも分かってる。だから……会いたくないんだ。会ってはいけないんだよ。……あのまま祥悟の側にいたら……俺はおかしくなる」
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