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第159話 見えない糸11
先にさっさと歩いていく祥悟を追いかけて、彼専用の控え室に辿り着いた。
このスタジオは時間貸しのシェアスペースで、普段は撮影用と言うより、期間限定のカフェや飲食店として使われていることが多いらしい。
祥悟の控え室は1番奥の、個室タイプの客室だった。
「わ。思ったより広い」
物珍しそうに室内を見回して、感嘆の声をあげる瑞季に、祥悟はにやりとして
「ここは特別だ。もっと狭くて汚ねえ場所もあるんだよ」
瑞季は部屋の奥のソファーにぽふぽふと手をあてて
「凄いなぁ。このソファー、ふかふかだ」
「座って寛いでれば? 何か飲み物持ってきてやるよ」
「えっ。いやいや、祥悟さんこそ座っててください。せっかくの休憩時間なんだし」
「いいよ。2人ともここにいて。俺が頼んでくるから」
祥悟が来客に飲み物の気を遣うなんて……驚きだった。智也は部屋を出て行こうとする祥悟を手で制して、いったん外に出た。
祥悟の瑞季に対する特別対応が、ほっとするのに何故かちょっと……複雑な心境だった。
祥悟と2人きりになるのは、正直今の自分には辛い。明るい瑞季の存在はすごく助かるのだ。でも……やはりちょっともやもやする。
……いい加減にしろよ。瑞季くんにまでヤキモチか? 情けないにも程がある。
スタッフが用意している飲み物もあるはずだが、智也はあえてスタジオから出て、すぐ隣の建物の前にある自販機で3人分の飲み物を買った。
さっきの洗面所での動揺をまだ引きずっていた。瑞季に言われた言葉が、胸に棘のように刺さってチクチクする。
「言わなきゃ、何も伝わらないよ。本当に会えなくなった時に、絶対に後悔するよ」
「想いは、言葉にしなければ絶対に伝わらない。してしまった後悔よりも、しなかった後悔の方が、ずっとずっと、苦しいんだよ。痛いんだよ」
自分より歳下の瑞季が、苦しさを滲ませて言ってくれた言葉。
行動することを恐れて、独り悶々としている自分より、瑞季の方がよっぽど大人だ。
「はぁ~……」
智也は大きく息を吐き出した。
わかっている。
瑞季の言うことが正しいのだ。
逃げてばかりいるのは、本当は自分が傷つきたくないからだ。祥悟に、決定的に嫌われたくない。ゲイであると知られて、あの美しい目が蔑むように歪むのを見たくない。自分を抑えきれなくなって、祥悟に軽蔑されたくない。
それでいて、諦めることも出来ないのだ。
「情けないよ……祥……。俺は、こんなにも……情けない男なんだよ……」
自販機にもたれかかって、智也は空を仰いだ。
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