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第160話 見えない糸12

「へえ、おまえ、こういうのが好きなんだ?」 「や、ちょっと祥悟さんっ。僕のバッグ、勝手に開けないでくださいってば」 部屋に戻ると、ソファーに並んで座った2人が楽しそうにじゃれあっていた。 智也に気づいた祥悟が、瑞季の手から取り上げて頭上に掲げたバッグをひらひらさせながら、こっちを見て顔を顰めた。 「遅いじゃん。どこまで行ってたのさ?」 「ああ、ごめん。ちょっと外の空気を吸いにね」 「コーヒー。スタイリストさんからの差し入れな」 見ればテーブルには3人分のコーヒーがある。 「ああ……そうか。じゃあこれは」 「智くん、僕、そのジュースがいい。コーヒーって飲めないから」 「は? コーヒー飲めないとか、おまえ、ガキかよ?」 「ふーんっだ。どうせ僕はガキですよ」 祥悟に揶揄われて、瑞季がぷくんっと頬を膨らませる。その頬を祥悟が指先でつついてにやにや笑った。 まるで兄弟のように仲良くじゃれ合う2人を横目に、智也は2人から少し離れた椅子に腰をおろす。 スタジオや洗面所での敵意剥き出しのキツい表情はすっかり消えて、祥悟はとてもリラックスした、いい笑顔をしている。 あの時何故、自分をあんな目で睨みつけていたのだろう。 単純に機嫌が悪かっただけなのか。 「君たち、すっかり仲良しだね。そうやってじゃれてる姿、まるで兄弟みたいだ」 智也が苦笑しながらそう言うと、祥悟は途端に嫌そうに顔を顰めた。 「別にじゃれてねーし。それよりさ、智也。来週末の事務所の創立記念パーティって、おまえは出席すんの?」 「ああ……」 社長から、今年こそは出席しろと念を押されていた。豪華ゲストの集まる、事務所で1番大掛かりなパーティだが、社交嫌いの智也は、毎年何か理由を作って出席を避けていたのだ。 「社長から言われたよ。今年は必ず出席しろと」 祥悟は鼻の上に皺を寄せて、瑞季にバッグをぽいっと投げて返すと、ソファーにふんぞり返って両手を頭の後ろに回した。 「は。やっぱおまえもかよ。どうやらさ、事務所のモデル総出のデカい仕事の話があるらしいんだよね。俺と里沙も絶対に出ろってさ、あいつうるせえの」 パーティ嫌いは祥悟も同様だ。 彼の場合は、社交嫌いというよりは、単純に面倒くさいだけみたいだが。 「そうか。君と里沙もか」 「ね、智くん、僕ちょっとトイレ」 不意に瑞季が立ち上がった。 「あ、場所、分かるかい?」 「うん。さっきのとこでしょ?廊下曲がって。僕ちょっと行ってくるね」 思わず腰を浮かしかけた智也に、瑞季はにっこり笑うと立ち上がり、さっさと部屋から出て行ってしまった。 その後ろ姿を目で追ったまま、智也は緊張に頬を引き攣らせた。 瑞季のあの笑顔は……気を利かせたという意味なんだろうか。 唐突にやってきた祥悟と2人きりの状況に、心臓がドキドキし始める。

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