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第161話 見えない糸13
智也はそわそわと落ち着かない気分で、椅子からソファーに移動すると、差し入れの珈琲に手を伸ばそうとした。
「なあ、智也」
不意に祥悟に話しかけられて、どきっとする。
ダメだ。緊張して顔が引き攣りそうだ。
「……なんだい?」
「あいつ……。瑞季ってさ、いつまでおまえんとこに居候すんの?」
智也は祥悟の顔を見れずに、うろうろと視線を彷徨わせた。
「あ、ああ。瑞季くんかい? そうだね。ちょっといろいろ事情があって、いつまでっていうのはまだ」
祥悟が立ち上がり、す……っと近づいてくる。コーヒーカップに伸ばした手を、智也は引っ込めた。
「ふーん。いろいろ……ね。家庭の事情ってやつ?」
祥悟が流れるような綺麗な所作で、ふわりとこちらのソファーに腰をおろした。
……きっちり1人分のスペースを開けて。
智也は必死に平静を装い、意を決して祥悟の方を見た。
「そうだね、ちょっと複雑なんだよ」
「あいつさ、おまえのこと、好きなんじゃねーの?」
「……っ」
智也は驚いて祥悟の顔をまじまじと見つめた。
祥悟が何故、突然そんなことを言い出したのか、よく分からない。
「す、好きって、」
「いとこの兄ちゃんだからっつーんじゃなくてさ、おまえのこと、すっげー好きって感じ、あいつから滲み出てる気がするんだけど?」
智也は思わずぽかんと口を開けてしまった。
祥悟の言葉はあまりにも的外れだ。
でもそれ以上に、祥悟がそんなことを言い出すこと自体が……意外すぎる。
唖然としてしまったのが気に入らなかったのか、祥悟は眉をぎゅっと顰めてそっぽを向いた。
「なに、その顔。俺は思ったこと言っただけだけど?」
「あ……いや、ごめん。君があんまり意外なこと言い出すから」
「意外じゃねーし。おまえが鈍いだけじゃん」
智也は思わずふふっと笑うと
「そんなわけ、ないよ。祥、君の考えすぎだ。瑞季くんは俺のこと、年上の従兄として懐いてくれているだけで」
「智くんって呼び方が、めちゃくちゃ甘ったるい」
祥悟がボソッと呟く。
……甘ったるい? あの呼び方が?
いや。そんな風に思ったこと、ないけど……。
「や、あれは瑞季くんがまだ小さい頃によく遊んであげていたからね、その時の呼び方のままなんだよ」
祥悟はちろ……っとこっちを見ると、それ以外は反論せずに小さく首を竦めた。
なんだか話が噛み合っていない気はするが、思ったよりも祥悟と普通に会話が出来ていることにホッとした。
わざと会わないようにこちらが避けている今の状況を、祥悟の方はそれほど気にしていないようだ。
……それはそうだよな。
気にしすぎて空回りし続けてているのは、自分だけなのだ。祥悟はこちらの気持ちなんか、まったく気づいていないのだから。
そのことに、安堵している自分と、寂しさを感じている自分がいる。
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