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第162話 見えない糸14

コーヒーカップを持ち上げ、ひとくち啜った祥悟が、きゅっと顔を顰める。 「苦……。な、おまえってこれ、使わないよね?」 祥悟が智也のコーヒーに添えられているシュガーとミルクを指差した。 「あ。ああ、俺はブラックだからね。いいよ、使って」 「さんきゅ」 差し出すと祥悟は受け取って自分のコーヒーに2つとも入れてスプーンでかき回し、またひとくち啜って満足そうな顔をした。 ……相変わらず甘党だな……。あ、そうだ。 智也は持ってきた紙袋の中から、祥悟が好きな焼き菓子を取り出した。 「これ、よかったら食べて」 「お。パルファのマフィンじゃん。食うの久しぶりかも」 祥悟の顔が嬉しそうにほころぶ。甘いものを目の前にした彼の表情は、格別に可愛らしい。この笑顔が見たいがために、智也は人に聞いたり調べたりしながら、人気のスイーツを見つけては祥悟に差し入れしていたのだ。 ……3ヶ月前までは。 智也は横目でそっと祥悟の表情を窺った。 焼き菓子の包みを開けている祥悟は、とても無邪気な顔をしている。その様子は、以前と少しも変わらない。隣にいるのが当たり前だった頃と。 時間と距離を隔てても、何も変わらないのだ。 祥悟の中の自分の立ち位置も、自分の祥悟への想いも。 ……なんだかもう……馬鹿馬鹿しくなってきたな。 離れてみたのは、自分の想いを封じる為だ。 祥悟の方に何か変化を期待してた訳じゃない。 でも……自分は無意識に期待していたのかもしれない。自分がいないことを、祥悟が寂しがってくれるんじゃないかと。 そういう自分の気持ちに気づいてしまって、余計に情けなくなった。 ー言葉にしなきゃ、何も伝わらないー 瑞季の言葉がまたよみがえってくる。 ……本当に、その通りだよね、瑞季くん。 智也はそっとため息をつくと、祥悟の方に身体ごと向き直った。 「相変わらず、忙しそうだね、祥」 「んー……まあな。おっさんがさ、例の件のペナルティだっつって、前よりガンガン仕事入れてくんの」 「少し……痩せたかい? ちゃんと食事してる?」 「おまえは俺の母親かよ? 里沙も顔見りゃ同じこと言ってくるし」 「彼女も、忙しそうだね」 祥悟は指についたチョコをペロッと舐めて 「おまえこそ最近、忙しいのかよ。あんま顔見せねえけど」 「うん……まあ、そこそこね」 「例のパーティさ、女性同伴じゃん? 誰のエスコートすんの?智也は」 「いや、まだ決めてないよ。祥、君は?」 祥悟はひとつ食べ終えて満足そうにコーヒーを啜ると、もうひとつ別の包みを取り上げて 「んー。里沙にしようかと思ってたけどな、アリサのやつがうるせーから」 祥悟の一言に、智也は思わず息をのんだ。 ……アリサ?

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