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第164話 見えない糸16

「……うるさい」 祥悟が何かぼそっと言ったが、頭に血がのぼっているせいか、よく聞こえない。 「祥。よく考えてみてくれ。もうあの娘とは」 「おまえさ、うるっさいっつの」 「……っ」 祥悟は、手に持った食べかけのマフィンを、箱の中にぽいっと投げ入れた。 「おまえ、何、興奮してんのさ? 俺が誰とどう付き合おうが、おまえに関係あるわけ?」 「……祥、俺は」 「そういう頭ごなしの決めつけってさ、すっげえムカつくんだよね」 険しい表情だが、声音は穏やかだった。 ただ、全身からピリピリとしたオーラを放っている。 怒っている。 これは、祥悟の怒りの表現の中でも、特上級だ。 「あいつがどんなヤツか、おまえ知ってんの? アリサとおまえって、接点ねえじゃん」 智也は喘ぐように声を出した。 「たしかに、俺は、あの娘のことをよくは知らないよ。でも祥、俺は君のことが」 「知らないなら、そういう言い方すんなっつーの。気分悪いんだよね。おまえもおっさんや他の連中とおんなじかよ?」 祥悟は吐き捨てるようにそう言うと、ソファーから立ち上がった。 「祥 、」 祥悟は背もたれにある上着を肩に引っ掛けると、足を踏み鳴らすようにしてドアに向かう。智也は慌てて立ち上がり、彼の後を追おうとした。 「そろそろ時間。俺、行くわ。マフィンありがと、智也。美味かった」 「祥、」 追いすがる隙もなく、祥悟はドアを開けると出て行った。バタンっと激しい音をたてたドアが、彼の怒りの大きさを示している。 智也は、伸ばしかけた手を、力なくおろした。 遮断されてしまったのは、ドアではなく心だ。 膝から力が抜けて、そのままソファーにへたりこんだ。 ……違う。そうじゃない。そうじゃないんだよ、祥。 さっきまでの興奮の反動が酷い。 自分が祥悟に伝えたかったのは、こんなことじゃない。こんな風に怒らせたかったわけじゃない。 自分で自分が情けなくて……全身から力が抜けた。ズルズルと床に身体が沈み込んでしまいそうだ。 アリサの名前が祥悟の口から飛び出して、目の前が一瞬暗くなった。 あの娘とのことは、もうすっかり終わったと思っていたのに。 智也は両手で自分の顔を覆った。 泣きたい気分だが、涙は出てこない。 ただ、もうどうしようもなく、哀しかった。

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