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第165話 見えない糸17
「智くん……」
遠慮がちに降ってきた声に、智也はのろのろと顔をあげた。
気を利かせて席を外してくれた瑞希が、いつのまにか控え室に戻って来ていた。
その心配そうな表情で、瑞希がおそらく今戻って来たわけじゃないのだと悟る。
さっきの祥悟とのやり取りを、もしかしたら聞いていたのかもしれない。
「あ、あ……。瑞希くん、おかえり」
瑞希は少しもじもじしていたが、智也が座るソファーの端にちょこんと腰をおろした。
「智くん。僕……余計なこと、しちゃった?」
瑞希の声が沈んでいる。
違う。瑞希は悪くない。
自分が……間違えたのだ。
いくら祥悟のことが心配でも、あんな言い方をするべきじゃなかった。
冷静さを欠いてしまった自分が悪いのだ。
智也は、なるべく自然に見えるように努力して微笑みを作ると
「いいや。気を遣わせてしまって悪かったね、瑞希くん。ありがとう」
瑞希は尚も何か言いかけて、口をもごもごさせて諦めたように閉じた。
智也はほぉっと吐息をつくと
「さぁ、撮影再開だそうだ。そろそろスタジオに戻ろうか」
言いながら立ち上がる。
瑞希は座ったまま、じっとこちらを見上げて
「……うん」
小さく頷き、立ち上がった。
スタジオに戻ると、既に撮影は次のセットに進んでいた。智也は壁に寄り掛かって腕を組み、瑞希の隣で熱心に見学するフリをしていたが、祥悟の姿からはなるべく視線を外していた。
祥悟の方も、撮影が終わるまで、1度もこちらを見なかった。
自分からわざと作った彼との距離は、ほんのひとときだけ以前のように縮まって……そしてもっと遠くなってしまった気がした。
食欲はなかったが、瑞希の為に帰り道で洋食屋に立ち寄った。店の中に入ってから、ここは以前、祥悟と一緒に来た場所だと思い出した。
瑞希はすっかり口数が減ってしまって、元気がなかった。それが自分のせいだと分かっているから、何か気分を変えるような話をしなければと思うのだが、どうしても気力がわかない。
ほとんど会話もなく食事を終えて、店を出て車に乗り込む。
車を発進させてしばらくした時、俯きがちだった瑞希が、顔をあげた。
「智くん、今日はありがとう。撮影見学、すっごく楽しかった」
自分よりこんな歳下の少年に、気遣わせてばかりいる自分が無性に恥ずかしい。智也が口をひらこうとすると
「あのね、智くん。僕……亨くんに、もう1回会ってみようって思うんだ」
「え?」
「このまま逃げてても、何も変わらない。僕ね、亨くんともう1度、ちゃんと話がしたい」
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