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第167話 見えない糸19
マンションに戻ってとりあえず順番に風呂に入り、先に出た智也は瑞希の為にホットミルクをいれてやった。
車の中で1度中断していた話を、腰を落ち着けてゆっくり聞いてみるつもりだ。
瑞希が話してくれた亨との経緯は、最初に聞いたことと大筋では違いがなかった。ただ、車で打ち明けてくれた肝心の部分だけがすっぽり抜けていたのだ。
「君が浮気しているっていうのは、亨くんの誤解だったのかな?」
瑞希はホットココアのカップを両手で包むように持って、目を伏せたまま
「浮気……はしてない。亨くんが疑ってるような関係じゃ、なかった」
「つまり、身体の関係は、なかったってこと?」
「……うん。でも……」
「でも、何だい?」
出来るだけ詰問にならないように、そっと促してみると、瑞希はココアをしばらく黙って見つめていたが、やがてため息をつき
「僕……亨くんの気持ちが、あの時はすごく重たくなってたの。亨くん、無口だし、真面目だし、僕との交際を僕の母さんにきちんと報告して認めてもらう……とか、大学卒業したら両方の親に了承してもらって一緒に暮らそうとか、そういう亨くんの言葉が……だんだん息苦しく感じちゃって……」
消え入りそうな声で呟く瑞希の横顔を、智也はじっと見つめた。
まだ大学生の彼と高校生の瑞希。
瑞希自身、決して浮ついた気持ちで彼と交際しているわけではないのだろう。ただ、亨という青年はちょっと生真面目過ぎたのだ。
母親にゲイだとまだカミングアウト出来ていなかった瑞希にしてみれば、彼の誠意ある言葉は先を急ぎすぎていて、負担になっていたのかもしれない。
「そうか。亨くんは真面目で不器用な人なんだね」
智也の穏やかな言葉に、瑞希ははっと顔をあげた。その目は、うさぎのように真っ赤だ。
「ぼ、僕、そういう亨くんのこと、好きで。すごい好きで。でも……」
「2人の見ている目線が、ちょっとズレちゃってたのかな。彼は、君よりちょっと先を見過ぎていたんだろうね。君の心が追い付いていけない先を」
瑞希の目にみるみる涙が盛り上がってきた。
「僕、僕は……っ」
「自分を責めてはダメだよ、瑞希くん。君は悪くないし、亨くんも悪くない」
「でも僕、ちゃんと言えばよかった。待ってって。そんなに急がないでって。亨くんにちゃんと言えばよかったんだ。言えなくて、回りくどいことして、ご、誤解、させちゃって」
智也は、瑞希の側ににじり寄ると、肩を抱き寄せた。瑞希は小さく悲鳴のような泣き声をあげて、しがみついてくる。
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