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第170話 見えない糸22

「あんたは……」 不意に、今までむっつりと押し黙っていた亨が口を開いた。 「え?」 亨は運ばれてきたアイスコーヒーを、ストローも使わずに豪快にあおると、口の端に零れたコーヒーを手の甲でぐいっと拭って 「あんたは、瑞希の、何なんだ」 「え、いや、何って」 それはさっき自己紹介で言ったはずだと、答えようとするより先に、亨はテーブルに身を乗り出してきて 「新しい、恋人、なのか?」 やけに凄みのある眼差しで真っ直ぐに睨みつけてくる。智也はちらっと傍らの瑞希を見て 「いや、いやいや。違うよ。俺はこの子の保護者代わりだ。ええと。さっき自己紹介したよね。瑞希の従兄の」 「どうして従兄が来る。母親じゃなくて。俺はこいつの母親と約束した。もう2度と瑞希に会わないと」 「うん。そうだよね。じゃあまず、その辺から話をしようか」 「俺には、話をすることなんか、ない」 亨はぼそっと呟くと、椅子にどっかりと座り直し、腕を組んでそっぽを向いてしまった。 智也はいう言葉を失って、再びちらっと瑞希を見る。瑞希は深く俯いたまま、口を開く気配はなかった。 ……うわぁ……困った。手強いな。これ、俺はどうしたら……。 「亨くんは」 俯いたままの瑞希が、急に声をあげた。 「亨くんは、もう、新しい恋人……出来たの?」 勢い込んでいた瑞希の語尾が、だんだん小さくなる。そっぽを向いていた亨が、ゆっくりとこちらを向き、真っ直ぐに瑞希を見つめた。 「新しい恋人?そんなものは、いない」 「じゃあ、好きな人、とかは?」 亨はすぐには答えず、じっと俯いたままの瑞希を見つめていたが、やがてため息をつくと 「俺はもう、誰も、好きにはならない」 その言葉に、瑞希が弾かれたように顔をあげた。 「どうして!?」 ここに来てから、おそらく初めて互いの目を合わせた2人を、智也ははらはらしながら見守った。自分が余計な口を挟むより、2人に直接話をさせた方がいいのだ。 「どうしてって……おまえが聞くのか?」 「亨くん、僕、」 「俺は、おまえとは違う。そんなに簡単に、人を好きになったり、裏切ったりは、しない」 傍らで、瑞希がひゅっと息を呑んだ。 智也の目に、亨は決して激しているようには映らない。むしろ不自然なくらいに無表情で淡々としているように見えた。 だが、きっと亨は心の傷口から、涙を流しているのだ。無表情に見える彼の、瑞希を見つめる穏やかな眼差しに、深い哀しみの色が滲んでいるように智也は感じていた。

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