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第172話 見えない糸24
「亨くん、僕、僕は」
亨は襟を掴み締めた手を緩め、怪訝な表情で瑞希の顔を覗き込んで
「おまえが俺に、何を謝る。酷いことしたのは、俺だ」
瑞希は目を潤ませ、首を激しく横に振った。
「違う。違うの、亨くん、僕がわざと、そうさせたの。亨くんのお母さんに……頼まれて」
亨の目が大きくなった。
「俺の、おふくろに……?どういう、意味だ」
「さ、2人ともそこに座って。とりあえず、紅茶でいいかな?」
いつまでもドアの前から動こうとしない2人の肩を、智也はそっと叩いて促した。
瑞希はまだ鼻をぐすぐすさせながら、恐る恐る亨の顔を見上げる。亨は「お邪魔します」と低い声でもう1度言って、智也の示したリビングのソファーに向かった。
2人が遠慮がちにソファーに並んで腰をおろすのを見届けてから、智也はキッチンに向かった。
待ち合わせした喫茶店では、あれ以上込み入った話しは無理だった。瑞希は泣き出し、亨は渋々という感じで椅子に座り直したが、またむっつりと黙り込んでしまった。
智也は仕方なく、瑞希から聞いていた話をかいつまんで亨に話してきかせた。亨は黙って聞いていたが、時折目を見張り、瑞希の泣き顔をちらちらと気にしていた。
場所を変えようと、自分のマンションに2人を誘ったのは、亨が瑞希に危害を加えたりは決してしないと、確信が持てたからだ。
お湯を沸かし、丁寧に紅茶をいれると、トレーに乗せて2人の所へ戻った。
「はい、どうぞ」
2人の前に紅茶を置いて、向かいのソファーに座った智也に、瑞希の方を見ていた亨が視線を向けてきた。
「ありがとう」
亨の硬い表情にそれほど変化はない。あまり感情を表に出さない質なのだろう。だが、瑞希に向ける眼差しが、格段に柔らかくなった。
「少し落ち着いた?瑞希くん」
智也の問いかけに、瑞希が顔をあげた。泣き腫らした目が真っ赤だ。
「うん。智くん、ありがと」
「どう致しまして」
智也はにっこり微笑むと
「俺からの説明はさっきので終わりだよ。それ以上詳しくは知らないからね。後は2人でじっくり話し合うといいと思うよ」
亨は静かに頷いて、再び傍らの瑞希に目をやり
「おふくろが、おまえに、俺とは別れてくれと言ったんだな?」
「うん」
「何故それを、俺に言わない」
「……ごめんなさい……。亨くんに、迷惑かけてるって、思って、僕」
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