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第173話 見えない糸25
「他に男がいるような素振りも、あれも嘘か」
瑞希は項垂れるように頷いた。
「おまえは、馬鹿だ」
「……っ。ごめ、なさ……」
「でも俺の方が、もっと、馬鹿だった」
瑞希は顔をあげ、亨をじっと見つめた。
「おまえを、信じなかった俺が、1番馬鹿だ。すまなかった」
「……っ。亨、くん」
亨の手が伸びて、瑞希の頬に触れた。まるで恐れるようにそっと伸ばした指先が、頬を優しく撫でる。瑞希の目に新たな涙が盛り上がってきた。
「おふくろには、俺から話す」
「お母さん、と、喧嘩しないで。お母さん、亨くんの将来を心配して」
「俺抜きで、俺の将来を勝手に決めるな」
瑞希の顔が歪む。盛り上がった雫が、頬に伝い落ちた。亨はどこがが痛むように顔をしかめ
「泣くな。おまえが泣くと、俺の心が痛い。泣くな」
言いながら、親指で涙をぐいっと拭った。
「これからは、ちゃんと言え。何かあったら、1人で抱えないで、俺に言ってくれ」
「ぅん。……うん。亨くん、僕、」
「俺は、おまえが好きだ」
「僕も。僕も、亨くんが、好き……っ」
亨は、ひぃぃっくとしゃくりあげる瑞希の頭の後ろに手をやり、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。瑞希が亨の胸に顔を埋めて小さな悲鳴のような泣き声をあげる。
「先のことは、2人で考える。おまえも自分の希望を言え。黙ってたら、分からない」
「うん」
2人をあまり直視しない程度に見守っていた智也は、ほっと安堵の吐息を漏らすと立ち上がった。それに気づいた亨が、智也を見上げる。智也は微笑んで首を竦め
「後は君に任せるよ。俺はちょっと出てくるね。買い物を思い出したから」
「わかった。ありがとう」
亨は初めて、穏やかに微笑んだ。
2人をマンションに残して通りに出ると、智也は空をあおいだ。
買い物の予定なんて特にない。2人きりにしてあげた方がいいだろうと思っただけだ。
あの2人は、これから先、まだまだ乗り越えなければいけない試練がある。親との問題もそうだが、2人ともまだ学生なのだ。周りの理解を得て、付き合っていくにはいろいろあるだろう。
でも、羨ましいと思った。
どんな障害があっても、互いに想い合う気持ちがあれば、乗り越えることもまた喜びだ。
「……祥……」
暗い夜空にぼんやりと浮かぶ月を見つめながら、智也は小さく呟いた。
誰よりも愛しくて、でも呼べば胸が苦しくなる人の名を。
「祥……会いたいな。君に、会いたいよ」
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