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第176話 濡れて艷めく秋の日に3
「智也かよ?」
腕を支えてくれた彼が、呆れたような声で言った。
「っぁ」
返事をしようとして、喉が詰まる。
「デカい図体して、なんで突っ込んでくるのさ?」
「…ぁ、ああ、ごめん」
慌てて振りほどこうとした腕を、逆に強く掴まれ引っ張られた。
洗面所に引きずり込まれる形になって、背後でドアが閉まる。
恐る恐る見ると、近い位置に祥悟の顔があってドキッとした。思わずそっぽを向き後ずさろうとするが、祥悟は掴んだ手を離すどころか、ますますぐいぐい引っ張ってきて
「なに、その態度。おまえ、最近冷たくねえ?」
「や、えっと、祥。久しぶり……だね」
どんな顔をしていいのかわからず、智也は曖昧に微笑んでみた。
祥悟は片眉をキリリと吊り上げて
「まともに会話する気もねーのな。……ムカつく」
何故かひどく苛立っている祥悟の様子に、智也は緊張した。
よりにもよって今、祥悟に会ってしまうなんて。
「祥、君、何そんなに怒って」
祥悟はふんっと鼻を鳴らしてこちらの言葉を遮ると
「いいからちょっと来いよ」
言いながら洗面所の奥に向かって歩き始めた。腕はがっちり掴まれたままだ。
「え?えっと、どうしたの、祥、」
祥悟が向かったのは、通路の一番奥の個室だった。呆気に取られたまま、ぐいぐい連れて行かれた智也は、個室のドアの前ではっとして足を踏ん張る。
「祥、ね、待って。どうして」
「いいからっ」
イライラした声にまた言葉を遮られる。
祥悟が何故そんなに怒っているのか、意味が分からない。というか、どうして個室に引っ張って行かれているのかも。
先に個室に入った祥悟に、両腕を掴まれて体重をかけられた。
「うわっ」
蓋が閉まった便座の上にどっかりと腰を下ろした祥悟。その上に、そのまま勢い余って覆い被さる形になる。つんのめりそうになって、焦って縋ってしまったのは祥悟の肩だった。
ムスッとした祥悟の綺麗な顔が、目の前にある。何か言おうと開きかけた智也の口に、伸び上がった祥悟の顔が迫った。
……え……?
柔らかい感触。
これは……祥悟の唇だ。
するすると伸びてきた手が、頭の後ろに回る。
ぐいっと引き寄せられて、軽く触れただけの口づけが深くなる。しっとりと押し付けられた唇から、祥悟の体温が伝わってきた。
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