176 / 349

第176話 濡れて艷めく秋の日に3

「智也かよ?」 腕を支えてくれた彼が、呆れたような声で言った。 「っぁ」 返事をしようとして、喉が詰まる。 「デカい図体して、なんで突っ込んでくるのさ?」 「…ぁ、ああ、ごめん」 慌てて振りほどこうとした腕を、逆に強く掴まれ引っ張られた。 洗面所に引きずり込まれる形になって、背後でドアが閉まる。 恐る恐る見ると、近い位置に祥悟の顔があってドキッとした。思わずそっぽを向き後ずさろうとするが、祥悟は掴んだ手を離すどころか、ますますぐいぐい引っ張ってきて 「なに、その態度。おまえ、最近冷たくねえ?」 「や、えっと、祥。久しぶり……だね」 どんな顔をしていいのかわからず、智也は曖昧に微笑んでみた。 祥悟は片眉をキリリと吊り上げて 「まともに会話する気もねーのな。……ムカつく」 何故かひどく苛立っている祥悟の様子に、智也は緊張した。 よりにもよって今、祥悟に会ってしまうなんて。 「祥、君、何そんなに怒って」 祥悟はふんっと鼻を鳴らしてこちらの言葉を遮ると 「いいからちょっと来いよ」 言いながら洗面所の奥に向かって歩き始めた。腕はがっちり掴まれたままだ。 「え?えっと、どうしたの、祥、」 祥悟が向かったのは、通路の一番奥の個室だった。呆気に取られたまま、ぐいぐい連れて行かれた智也は、個室のドアの前ではっとして足を踏ん張る。 「祥、ね、待って。どうして」 「いいからっ」 イライラした声にまた言葉を遮られる。 祥悟が何故そんなに怒っているのか、意味が分からない。というか、どうして個室に引っ張って行かれているのかも。 先に個室に入った祥悟に、両腕を掴まれて体重をかけられた。 「うわっ」 蓋が閉まった便座の上にどっかりと腰を下ろした祥悟。その上に、そのまま勢い余って覆い被さる形になる。つんのめりそうになって、焦って縋ってしまったのは祥悟の肩だった。 ムスッとした祥悟の綺麗な顔が、目の前にある。何か言おうと開きかけた智也の口に、伸び上がった祥悟の顔が迫った。 ……え……? 柔らかい感触。 これは……祥悟の唇だ。 するすると伸びてきた手が、頭の後ろに回る。 ぐいっと引き寄せられて、軽く触れただけの口づけが深くなる。しっとりと押し付けられた唇から、祥悟の体温が伝わってきた。

ともだちにシェアしよう!