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第179話 濡れて艷めく秋の日に6
テーブルの向かいに座る祥悟の顔をまともに直視出来なくて、智也は微妙に目を逸らしながら、さりげなく彼の様子を窺っていた。
一緒に事務所を出て、歩いて15分ほどのこの店に来る間、なんだかふわふわと地面に足がつかないような心地だった。
テラス席の脇の、明るい陽射しがガラス越しに降り注ぐ店内。
ものすごくナチュラルに、祥悟と2人きりで、この店に食事に来ている今の状況が、まだ信じられずにいた。
……ダメだ……。まだ頭がぼーっとしてる。
そもそも今日、祥悟に会えるなんて、もちろん思っていなかったし、心の準備が出来ていなかった。
いや、違う。会えたどころではない。
さっきの洗面所の個室での出来事。
会う覚悟も勇気もなかった自分への、祥悟からの強烈すぎるアプローチだった。
柔らかい感触。
絡めながら与え合う熱。
耳から忍び込んでこちらの官能を揺さぶる、祥悟の甘い息遣いと声。
思い出しただけで、なんだか身体の奥がじわじわ熱くなってくる。
心がざわめいて、困る。
「で?メニューも見ないで、何ひとりで赤くなってんのさ?」
不意に見つめていた唇が動いて、智也はハッとして目線を上げた。
祥悟の少し緑がかって見える瞳が、ひどく楽しげに煌めいている。眩しくて思わず目を細めてしまったのは、きっと硝子窓から射し込む陽射しのせいだ。
「あ。ああ……いや、ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「あ、それってさ、さっき社長室に呼ばれてた件?」
祥悟がぐっと身を乗り出してくる。
洒落た造りのテーブルは幅が狭くて、乗り出してきた祥悟の顔が、思いがけずすぐ前に迫ってきて、智也は少し仰け反った。
「あーうん。知ってたの?俺が呼ばれたって」
下手すると半年以上……いや、もっと長い間、こうしてまともに会話することもなかったのに、祥悟の喋り方はやっぱりすごく自然で、ブランクを感じさせない。身構えているこちらがおかしいのかと思えるほどだった。
「あれだろ?撮影の話」
「うん。君ももう聞いてたんだね」
祥悟はますます楽しげに無邪気な笑顔を見せると、不意に立ち上がってこちら側に回ってきた。
……わ。
当たり前のように隣に腰をおろし、身を寄せてくる。
「そ。智也の前に、俺が呼ばれたんだ。すげえよな、おまえと一緒の仕事って、久しぶりじゃん?」
ぴとっと肩を寄せてくる祥悟に、智也はちょっと身を固くしながら
「そう、だね。君のデビューの頃以来……かな」
「もう一人と絡む撮影って聞いてさ、俺、断ろうかと思ったんだよね。でも智也だって社長が言うからさ、びっくりした」
「俺も、驚いたよ。女性用の下着と化粧品に男2人で?って」
途端に祥悟が顔を覗き込んできた。
「おまえさ。驚くとこ、そこかよ?」
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