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第180話 濡れて艷めく秋の日に7

呆れた声音で斜め上から見下ろされて、智也はドギマギしながら、慌てて反論した。 「え。だって、普通は驚くだろう?」 祥悟は眉を寄せ、何か言いたげに口を動かしたが、すぐに首を竦めてため息をつくと 「ま。おまえってさ、そういう奴だよな」 「え?そういうって」 祥悟はどすんっと腰をおろし直すと、手を伸ばして向かい側の自分のグラスを引き寄せ 「俺はさ、おまえと一緒に撮影ってのが、すげえ嬉しかったんだけど?」 ごくごくと水を飲み干し、メニューを開いてこちらに差し出してきた。 「ほら。頼むもん決めろって」 智也は乱暴に目の前に置かれたメニューと、祥悟の顔をぼんやりと見比べた。 ……今……なんて言ったの?祥……。 『一緒の撮影が、すげえ嬉しかった』 そう聞こえた。いや、聞き間違いだろうか?早口でぼそぼそ言っていたから、上手く聞き取れなかったのかもしれない。 「俺、このシェフのオススメAブランチってのにする。智也は?」 「あ。ああ、えっと」 智也は慌ててメニューを覗き込むと 「じゃあ俺は、Bの方にしようかな」 祥悟がすかさず手をあげて、店員を呼ぶ。 この4人掛けのテーブルで、2人横並びに座っているというのは、ちょっと店員の目が気になるが、祥悟と食事に行くといつもこうだった、と思い直した。 ……そうか。一緒に食事に……来てるんだな。 などと改めて実感して、智也は今さらながらに喜びを噛み締めてしまった。 一時期マンションに預かっていた従弟の瑞希は、亨ときちんと仲直りして、自宅へと戻っていった。叔母との間にはまだまだ理解してもらえない壁があって、あれからまたひと悶着あったようだが、先日、2人揃って遊びに来てくれた時の様子を見れば、もう大丈夫だと思えた。 その瑞希が、帰り際に聞いてきたのだ。 祥悟さんとは、距離を置いたままか?と。 智也は曖昧に苦笑して誤魔化したが、彼らが帰った後、独りの寂しさがやけに堪えて仕方なかった。 「なあ、それで、もちろん引き受けたよな?」 店員が去ると、祥悟はメニューをパタンと閉じて、肩を寄せてきた。 祥悟の顔がすぐ側にあって、ふわっと香るオードトワレが鼻をくすぐる。 しばらくこうして会わないうちに、祥悟は纏う香りを変えたらしい。以前つけていたものより、ちょっと大人っぽい。 「うん。驚いたけどね、もちろん引き受けたよ。具体的な内容はまだ聞いてないけど」 「俺も。でもさ、面白そうじゃん」 「……そうだね。君と俺がどんな絡みで撮影するのか、ちょっと想像がつかないけどね」

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