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第182話 濡れて艷めく秋の日に9

「……泊まった、の?」 「ん?んーとさ。仕事あがりに飲みに行って、帰りのタクシー、方向が同じで。…あ、きた」 トレーを持った店員が、テーブルに近づいてくると、肩を寄せていた祥悟はいそいそと少し離れて、椅子に座り直した。 「方角一緒だからって、どうして泊まるの?」 「んー。だってもう眠かったし。次の日もおんなじ現場だったからさ」 「お待たせしました。Aセットのお客さま」 「お、そっちだ」 店員の問いかけに祥悟が答えて、大きなプレートが智也の前に置かれる。もう1人が祥悟の前にプレートを置いて去っていくと、祥悟は自分のとこちらの皿を見比べて 「あ。やっぱ俺、そっちがよかったかも。なあ、智也、少しずつ交換しねえ?」 別のものを頼んで、少しずつ交換して食べるのは、祥悟と一緒に食事する時のお約束みたいなものだった。そういう風に気を許して食事が出来る彼との関係が、智也は嬉しかったのだ。 でも今は、それどころではない。 ちょっと前にモデル仲間の間で噂になっていた、祥悟と俳優の凪義のこと。 信じたくはなかったのに、それを当の本人があっさりと認めてしまうなんて。 胸の辺りが変に冷たくて痛い。 これまで、祥悟には数々のモデルやタレントとの噂があったが、相手はみんな女性だった。 凪義は男だ。たしか、自分と同い年の。 距離を置いていた間も、祥悟の仕事はほとんどチェックしていた。マンションの寝室にどんどん溜まっていく雑誌を眺めて、これじゃあ追っかけか下手するとストーカーみたいだ、などと自嘲していたくらいだ。 だから、今年になってから、凪義と祥悟が絡んでいた仕事のことも、全部把握していた。 仕事だけでなく、プライベートでも絡みが多い。2人はおそらくできてるんじゃないか。 そういう無責任で悪意のこもったこの業界特有の噂話を耳にして、智也はちょっと呆れていたのだ。 祥悟はストレートだ。 たしかにこの業界には、自分と同じ性的趣向の人間が少なくないし、遊びでならどっちもいけるという人間も多い。 でも、祥悟に限って、それはないと思っていた。 いや、そう信じたかった。 そうでなければ、自分は何の為に祥悟と距離を置いたのか……わからなくなる。 「あ。これ、結構いける。な、おまえも食ってみろよ」 不意にそう言ってひょいっと差し出されたフォークの先の物体を、智也はぼんやり見つめた。 久しぶりに祥悟と一緒に食事に来れた高揚感は、完全に消し飛んでしまっていた。 「……智也?なに、おまえ、食わねえの?」 「え?あ……ああ」 覗き込んでくる祥悟の無邪気な目に、自然と吸い寄せられた。心臓がきゅっと痛くなる。 祥悟は不思議そうに首を傾げて、手のひらをかざし、ひらひらと振った。 「おーい。智也。おまえ、大丈夫かよ?魂どっかに飛んでんの?」

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