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第184話 濡れて艷めく秋の日に11

「え?俺が……?噂って……なに、それ」 祥悟はふぅっとため息をつくと 「別に隠さなくていいけど?俺はマスコミじゃないんだしさ」 智也は、絶句して祥悟の横顔をしげしげと見つめた。 今度はまた突然、何を言い出すんだろう…。 「お邪魔する気はねーし?てか、もう帰んなきゃダメか。可愛い恋人が待ってるもんな」 智也は思わず祥悟の肩を掴んで、ぐいっと自分の方に向かせた。 「なに?」 「どこで聞いたの?そんな根も葉もない噂」 「は?」 「俺は同棲なんかしてないよ、祥。前に瑞希くんを預かってたのは知ってるよね?でも、彼はもう自宅に帰ったし、それ以外はずっと独りだった」 何をこんなにムキになっているのだろう…と、自分でも思ったが、言葉が止まらない。 ……女性と同棲?なんだそれは。 そんな訳の分からない噂が流れていたのか。 胸の中のもやもやが、急激に膨らんでいく。 そんな無責任な噂がたっていたことにも腹が立つし、それを祥悟があっさり信じていたことにも、無性に腹が立つ。 「俺はずっと独り暮しだよ、祥。同棲なんか、絶対にしない」 ……だって俺は…… 「ちょ、痛えっつの。なにムキになってんのさ?なんかさ、今日のおまえ、変なんだけど」 祥悟は顔を顰めて、肩を掴んだ手を振りほどくと 「そっか。ガセだったのかよ」 「うん」 「結婚秒読み、とかさ、おまえの引退の噂まで出てたけど?」 智也は無言で首を振った。泡立ってしまった気持ちを早く落ち着けないと。祥悟が変な顔をしている。 「引退は……考えてる。でも結婚なんか、しないよ」 祥悟は黙り込み、探るような目でじっとこちらを見つめてから 「な、出ようぜ。おまえん家、マンションでもじいちゃん家でもどっちでもいいから、連れてってよ」 店を出て、事務所が契約している駐車場に向かった。車に乗り込むと、祥悟は助手席でシートベルトを締めながら 「今からだったらさ、じいちゃんとこ、行けるよな?」 「行ってもいいけど……ちょっと遠いから帰り、遅くなるよ」 「んー。泊まるから別にいいし」 智也はちらっと祥悟の横顔を見た。祥悟はリクライニングを自分好みに調整すると、ゆったりと寛いでフロントガラスの外を見ている。 本当は、同棲の事実なんかないと証明したくて、マンションの方へ連れて行きたかった。 でも泊まるのなら……祖父から預かったあの家の方が広くていいかもしれない。 ……っていうか……泊まる?祥が……。 智也はゴクリと唾を飲み込んだ。 祥悟の泊まる発言に意味はない。 もちろんわかってる。 動揺してしまっているのは、自分の気持ちの問題だ。

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