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第187話 濡れて艷めく秋の日に14
「あれは別に押し付けられてるわけじゃないよ、祥。なんとなく、俺が世話を焼いてしまってるだけで」
「そういうとこが、お人好しなんだよ。ったく。全っ然自覚ねえし」
「ふふ。どうして君がそんなに怒るの?」
「見ててイライラすんだよね。そーゆーの」
「俺って意外と世話好きなのかもしれないね。末っ子だったからかな。昔から弟が欲しかったし」
「だからー。俺の兄貴代わりじゃん?おまえ」
「え……?」
祥悟が手を伸ばしてきて、クッションを引っ張る。
「だから、とぼけんなっつーの。おまえは俺の兄貴代わりだったじゃん。忘れちまったのかよ?」
グイグイとクッションを引っ張って、とうとうこちらから取り上げてしまうと、祥悟は再び腕でしっかりと抱き込んだ。
「祥……」
「いろいろあって疲れてたんなら、なんで俺じゃなくて他のやつの兄貴代わりだよ?おまえ、ほんとにばっかじゃねーの?」
「でも君は忙しそうだったし、もう俺が世話を焼かなくたって1人で」
「他のやつの相手出来るんなら、俺のこと避けることねーじゃん」
「ね、祥、待って。それとこれとは」
突然の剣幕に、智也が戸惑って顔を覗き込むと、祥悟は手に持ったクッションを投げつけてきた。
「うわっ」
「ほんっと、ムカつく。おまえって」
何故かぷりぷりしながら立ち上がる祥悟の手を、智也は慌てて掴んだ。
「ね、祥。どこ行くの?」
「どこにも行かねえし。それよりさ、その片想いの相手に、会わせろよ」
「え……ええっ?」
祥悟の話題の移り変わりの早さに、まったくついていけない。智也が驚いて目を見張ると、祥悟は眉を顰めて睨みおろしてきた。
「会わせろよ。俺が代わりに言ってやるし」
「や。いや、祥、それは」
「どんな女さ?年上?年下?おまえってさ、そういう噂、まったくねえから想像つかねえし。なのにいきなり結婚の噂とか出てくるからさ、俺はてっきり、その片想いの相手なのかって思ってたんだよね。なあ、どんなやつ?おまえがそんなに好きなのってさ。すっげー美人?なんで告んねーの?もしかして人妻かよ?」
「ちょ、ちょっと祥、ストップ、待って」
次々と質問を畳み掛けてくる祥悟に、智也はたじたじとなった。いつも斜に構えた感じの祥悟の、こんなにムキになった姿は初めてだ。
不意に、祥悟の両腕が伸びてきて、顔の両脇を掠めた。後ろの背もたれにドンっと両手をついて、屈み込んでくる。
「……っ」
上から覆いかぶされて、智也は思わず息を飲んだ。祥悟の視線が、真っ直ぐにこちらの目を射抜く。
「言えよ、智也。おまえ好きなのってどんな女?」
智也は無言で首を横に振った。
言えない。言えるわけがない。
その相手は、今、目の前にいる。
ああ。でも……。
言うならきっと、今なのかもしれない。
ずっと思い続けてきたこの狂おしい思慕を、打ち明けるなら、今がチャンスだ。
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