187 / 349

第187話 濡れて艷めく秋の日に14

「あれは別に押し付けられてるわけじゃないよ、祥。なんとなく、俺が世話を焼いてしまってるだけで」 「そういうとこが、お人好しなんだよ。ったく。全っ然自覚ねえし」 「ふふ。どうして君がそんなに怒るの?」 「見ててイライラすんだよね。そーゆーの」 「俺って意外と世話好きなのかもしれないね。末っ子だったからかな。昔から弟が欲しかったし」 「だからー。俺の兄貴代わりじゃん?おまえ」 「え……?」 祥悟が手を伸ばしてきて、クッションを引っ張る。 「だから、とぼけんなっつーの。おまえは俺の兄貴代わりだったじゃん。忘れちまったのかよ?」 グイグイとクッションを引っ張って、とうとうこちらから取り上げてしまうと、祥悟は再び腕でしっかりと抱き込んだ。 「祥……」 「いろいろあって疲れてたんなら、なんで俺じゃなくて他のやつの兄貴代わりだよ?おまえ、ほんとにばっかじゃねーの?」 「でも君は忙しそうだったし、もう俺が世話を焼かなくたって1人で」 「他のやつの相手出来るんなら、俺のこと避けることねーじゃん」 「ね、祥、待って。それとこれとは」 突然の剣幕に、智也が戸惑って顔を覗き込むと、祥悟は手に持ったクッションを投げつけてきた。 「うわっ」 「ほんっと、ムカつく。おまえって」 何故かぷりぷりしながら立ち上がる祥悟の手を、智也は慌てて掴んだ。 「ね、祥。どこ行くの?」 「どこにも行かねえし。それよりさ、その片想いの相手に、会わせろよ」 「え……ええっ?」 祥悟の話題の移り変わりの早さに、まったくついていけない。智也が驚いて目を見張ると、祥悟は眉を顰めて睨みおろしてきた。 「会わせろよ。俺が代わりに言ってやるし」 「や。いや、祥、それは」 「どんな女さ?年上?年下?おまえってさ、そういう噂、まったくねえから想像つかねえし。なのにいきなり結婚の噂とか出てくるからさ、俺はてっきり、その片想いの相手なのかって思ってたんだよね。なあ、どんなやつ?おまえがそんなに好きなのってさ。すっげー美人?なんで告んねーの?もしかして人妻かよ?」 「ちょ、ちょっと祥、ストップ、待って」 次々と質問を畳み掛けてくる祥悟に、智也はたじたじとなった。いつも斜に構えた感じの祥悟の、こんなにムキになった姿は初めてだ。 不意に、祥悟の両腕が伸びてきて、顔の両脇を掠めた。後ろの背もたれにドンっと両手をついて、屈み込んでくる。 「……っ」 上から覆いかぶされて、智也は思わず息を飲んだ。祥悟の視線が、真っ直ぐにこちらの目を射抜く。 「言えよ、智也。おまえ好きなのってどんな女?」 智也は無言で首を横に振った。 言えない。言えるわけがない。 その相手は、今、目の前にいる。 ああ。でも……。 言うならきっと、今なのかもしれない。 ずっと思い続けてきたこの狂おしい思慕を、打ち明けるなら、今がチャンスだ。

ともだちにシェアしよう!