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第189話 濡れて艷めく秋の日に16
黙り込みじっとしていた祥悟が、もぞもぞし始めた。引き寄せた時に中途半端にソファーに乗せていた脚を開いて、こちらの太ももを跨ぐようにして、居心地のよい体勢を探している。
智也はその身体をいったん抱き起こして、ソファーに浅く腰をかけ直した。
ようやく楽な体勢になれたのか、祥悟はほっと吐息を漏らすと、再びこちらにくてっと体重を預けてくる。ぴったりと抱き合い、安心したように身を委ねてくれる祥悟が、ひどく愛おしかった。
「何があったの?仕事のこと?」
出来るだけ静かに問いかけると、祥悟は首を小さく横に振り
「仕事は別に普通。忙しすぎだけどさ、その方がいいんだ。いろいろ忘れてられるから」
「そう。じゃあ、プライベートのこと?」
「ん……。あのさ、智也」
「なんだい?」
「どうしても抱きたい女がいてさ、でも絶対、抱いちゃダメなんだ」
「……うん」
「ダメだって分かってるから、出来るだけ距離置いてんの。顔見たらさ、声聴いたら…抱き締めたくなる」
「うん」
祥悟のちょっと掠れた甘い声が、耳から入って心をチクチクと刺す。
やはり悩んでいたのは彼女のことか。
ずっと片想いしていると言っていた例の。
「最初は側にいるだけでよかったんだよね。あいつの幸せそうな笑顔、見守ってるだけで俺も幸せだった。でも……だんだん欲が出てきちまったの。触れたくなる。その柔らかそうな唇に、キスしたくなる。押し倒して……めちゃくちゃに抱いてしまいそうに、なる」
「……そう」
思わず声が震えそうになって、智也は抱き締める手に力を込めた。
胸のチクチクが止まらない。
祥悟の言葉は、そのまま自分の想いと同じだ。
自分が祥悟にいだくのと同じ苦しみを、祥悟は別の誰かに捧げている。
こんなにぴったりと身体を重ね合っているのに、祥悟の心は手が届かないくらい遠くにあるのだ。
目の奥が熱くなった。
ダメだ。泣いちゃいけない。
祥悟にそれを、気付かれてはいけない。
「気を紛らわしたくてさ、別の女、抱いてみんのな。あいつのこと、忘れたくてさ。でもダメなんだ。油断してっと、抱いてる女の顔が……あいつとダブっちまう。余計に辛くなってさ、死にそうになる」
智也は滲みそうになる涙を必死に押し殺し、祥悟の背中を優しく撫でた。
「そうだね。代わりには、ならないよね、誰も」
自分の声が、遠くから聞こえる気がした。
「どうしていいのか、わかんねえの。いっそ無理やり抱いちまってさ、何もかもぶっ壊してやろうかって思ったリすんの。でもやっぱ、俺にはそれ、出来ねえし」
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