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第211話 秋艶3
「もうすぐお偉いさん方が来るからね。城嶋さんがやきもきしてるんだよ」
智也はなるべく穏やかにゆっくりと話した。
祥悟は行方不明の常習犯だが、いつも約束の時間までには素知らぬ顔で姿を現すのだ。
上の連中はあまりいい顔をしないが、現場のスタッフには意外と慕われている。今だって、自分がこうして呼びに来なくても、ひょっこり戻ってきただろう。
「はっ。勝手に焦ってりゃいいじゃん。約束破ったの、あいつの方だし」
「約束?」
祥悟はまだそっぽを向いたまま
「里沙が来てる。橘のおっさんと一緒に。連れてくんなって言ったんだよね。うっとおしいからさ」
祥悟が拗ねている理由が予想外で、智也はちょっと目を見張った。
「そうか。社長と一緒に、里沙さんが……。あ、でも事務所内でもかなり大きな仕事だからね、今回は。きっと君のことを心配して」
「それが余計なお世話だっつの。またくっだんねえ心配ばっかしてさ、グチグチ説教食らわせるんだぜ?あいつ。俺はもうガキじゃねえし」
ガキじゃないと言う割には祥悟の言い方が子どもっぽくて、智也は思わずふき出した。途端にギロっとこちらを睨みつけ
「なに笑ってんのさ?」
「ふふ。や、だって祥。ガキじゃないならそんなこと、気にする必要はないじゃないか。ビシッと仕事している姿を見せて、安心させてあげたらいいよ」
智也がおっとりとそう言うと、祥悟はむーっと口を尖らせてこちらを横目で睨んでいたが、ふうっと吐息を漏らし
「いろいろ微妙なんだよ。おまえにはわかんねえだろうけどさ」
ぼそっと呟いた。
「変わってないな、君は」
「何がだよ?」
「誰に対してもやんちゃなくせに、里沙さんにだけは頭があがらない。デビュー当時はちょっとした名物だったよね。お説教している里沙さんと不貞腐れてる君。お揃いのドレスを着てじゃれ合っている姿はすごく絵になってたな」
祥悟は何とも言えない嫌そうな顔になり
「うっわぁ…おまえってやっぱ変なやつ。そんなの思い出さなくていいし」
「ふふ。この世界で君に言うことをきかせられるのは彼女だけだな」
祥悟はゲンナリした顔で首を竦め
「まぁ…な。あいつは俺のたった一人の肉親だし?あいつに泣かれるのだけは……勘弁、だしな」
智也は祥悟の肩をトンっと軽く叩いた。
「よし。じゃあ大切なお姉さんをハラハラさせない為にも、そろそろスタジオに戻ろうか、祥」
言いながら立ち上がろうとすると、祥悟に腕を掴まれた。
「な。智也。あのさ…」
「ん?どうしたんだい?」
祥悟がじっと見上げてくる。智也が微笑みながら首を傾げると、小さく開いた口元がもごもごと動き、いったん噤んでからまた開いた。
「何でもねえし。つかおまえ、なんか余裕かましてるけどさ、今日、脱ぐからな、上半身。下手すると下も」
「えっ?」
祥悟はニヤっと嫌な笑い方をすると、ひょいっと立ち上がって先に歩き始めた。
「え。脱ぐって、え、ちょっと待って、祥」
智也も慌てて後を追いかけた。
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