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第212話 秋艶4
初日の今日は、本格的な撮影の前の関係者の顔合わせと、打ち合わせがメインだった。
あらかじめ渡されていた資料を元に、具体的な撮影シーンを、監督やカメラマンそして各スタッフと一緒に確認していく。衣装やメイク、ヘアメイクなど、コンセプトに従って用意のものを実際に着けてみてのテスト撮影が続いた。
すっかりいつもの調子を取り戻した祥悟は、社長と里沙に会った時だけ、子どもっぽい顰めっ面をしてみせたが、その後は仕事モードに切り替わって、慣れた様子で指示をこなしていく。
今回の企画のキャッチコピーは「眼差しを裏切れ」
商材は、女性ものの下着や室内着、そして化粧品だが、ターゲットは若い女性だけに留まらない。
最近は、ゴテゴテと飾りたてるのではなくベーシックナチュラルが人気だ。同業者の打ち出す新商品も概ねその方向性で、今回の企画書をざっと見た限りではそれほど目新しいものではなかった。
ただ、やはり新興の企業だけあって、他社に比べて広告の仕方が挑戦的で、男の祥悟がメインに選ばれたことが、まず斬新だった。
人はみな社会に出ると、自分らしさの他に、その場所に相応しいイメージを要求される。性別、年齢、働く者にはその企業での役割や立場、既婚であれば夫として妻として、子どもがいれば特に女性は母親らしさを周囲から求められる。
社会の中でごく自然に押し付けられていく、いくつもの理想像。その下に個々の自分らしさは押し込められていく。
「眼差しを裏切れ」という挑戦的なコピーは、お仕着せの社会性を脱ぎ捨てた時の、自分らしさの主張だ。今回の企画のコンセプトはそこにある。
……といった企画担当者の熱心なプレゼンを聞かされている間、祥悟は真面目そうに聞いているフリで、資料で口元を隠しながら、何度も欠伸を噛み殺していた。智也はそれを横目で見て、内心苦笑していた。
ひと通りのテスト撮影の後、スタッフミーティングの為に、モデルサイドはいったん休憩になった。
祥悟はふうっと大きくため息をつくと、さっさと一人でスタジオを出て行く。智也は慌ててその後を追った。
控え室に入ると、祥悟は衣装の上着を無造作に脱いで椅子の背に引っ掛け、用意されたペットボトルを掴んでソファーに向かう。
「相変わらず、すごい度胸だな、君は」
「んー?何がさ」
智也も飲み物を手に祥悟の向かいに腰をおろすと
「いや。大きな企画だからね。今日はスポンサーサイドの関係者が予想以上に多くて、何だか緊張してしまったな。君は全然平気そうだったけどね」
祥悟はペットボトルのキャップを開けながら、こちらを見て首を傾げ
「そんなに人、いたっけ?いつもと変わんねえし。それより智也、何か甘いもんねえの?」
「ああ。ちょっと待ってて」
智也は微笑んで立ち上がると、テーブルの上の差し入れの菓子箱を手に戻った。
「君の好きそうなもの、あるかな」
包みを開けながら腰をおろそうとすると、祥悟がちょいちょいと手招きをする。
「隣、来いよ。そこだと遠いじゃん」
智也はおろしかけていた腰をあげ、向かいの祥悟の隣に行って腰をおろす。
そうだった。
祥悟は対面で座るのが好きではないのだ。
スタジオでの緊張感もそうだが、仕事モードの祥悟のいつもとは違う表情を久しぶりに間近で見て、智也は妙に落ち着かない気分だった。
撮影用に少し濃いめのメイクを施した彼の顔を見る度に、心がざわめく。
祥悟には気取られないように、ポーカーフェイスを装っていたが。
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