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第216話 秋艶8
……ちょっとキスしただけって。
焦るのは当たり前じゃないか。
君のマネージャーに見られたんだぞ。
いったい何を考えてるんだよ。
……と、怒鳴ってやりたかった。
でも祥悟はケロっとしてそう言い放つと、ほっそりした指先で揶揄うように頬を撫でてきて
「おまえのキス、落ち着く。なあ、もっと、しよ?」
やけに艶のある低い声で囁いてくる。
智也は見下ろしてくる祥悟の急に熱を帯びた眼差しに、魅入られたように動けなかった。
ここは控え室で、撮影の合間の休憩で、鍵を掛けていないドアはまた誰が突然開けるか分からない。
頭ではそう思っているのに、祥悟の無茶ぶりを窘めなければいけないのに、言葉が……出てこない。
自分の無言を了承と解釈した祥悟が、満足そうに微笑んで、また顔を近づけてくる。
甘く妖しいフレグランスに包まれながら、そっと触れるだけのキスが降りてくる。
小鳥が啄むような唇の動きに、ちゅっちゅっと促されて、智也の熱も一気にあがった。
手を伸ばして祥悟の頭をぐいっと引き寄せ、掠るだけのもどかしい口づけを奪い取る。
「…っん、…っくふ」
あっさりと身体の力を抜き、主導権を明け渡した彼の唇が堕ちてくる。割り入れた舌でその甘い口腔を掻き回し歯列をなぞった。ぬめる舌を絡めとって、強く吸い上げる。
祥悟の鼻から漏れ出る吐息が、まるでじわじわと効いてくる媚薬のようだ。
深く深く、互いの境界線を失うほど深く、混じり合って蕩けてしまいたい。
智也は堪らなくなって、いったん口づけをほどくと、祥悟の身体を抱えあげた。突然の浮遊感にはっと見開いた彼の瞳が、照明を反射して煌めく。
「…っなんだよ?も、終わりかよ」
不満そうな祥悟の声を無視して、そのまま自分の身体ごとソファーに押し倒した。
「うっわ」
両腕で彼の小さな顔をすっぽりと囲って閉じ込める。驚いて見張ったままの目をじっと見つめながら、薄く開いた唇を奪う。
「んっ……ふ…んぅ…っん」
祥悟は目を閉じて、口づけに素直に応え始めた。
さっきの頼りない体勢と違い、柔らかいソファーに沈み込んだ彼の身体に、完全に乗り上げてその甘い蜜を吸い尽くす。
薄いシルクの撮影用の衣装が、もみくちゃになって皺になる。
頭の片隅でなけなしの良心が微かに囁いていたが、敢えて無視した。
誘ったのはこの悪戯な仔猫の方だ。
自分はこれまでも、何度も警告している。
祥悟は知らないのだ。
自分がただ大人しく言うことを聞くだけの朴念仁ではないってことを。
……君をおかずにする時、どんな淫らな想像をしているか、頭の中を見せてやりたいよ。
じわっじわっと、下腹が熱を帯びていく。
智也はぎゅっと目を閉じて、すればするほどもっともっと欲しくなるキスを、角度を変えて更に深くした。
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