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第223話 秋艶15
ようやく事態がのみ込めた。
同時に、生理的な嫌悪感が込み上げてくる。
以前、枕営業を迫ってきた某大物カメラマンとの夜を思い出していた。あの時は、あらかじめそういうことになるかもしれないと身構えていたので上手くかわせたが、今夜のはあまりに予想外だった。
城嶋は祥悟のマネージャーなのだ。
今夜の訪問も、明日の本格的な撮影を前に、例の件を確認したくてやって来たのだと思っていた。
まさか彼が、仕事ではなくプライベートな要件で、自分を訪ねて来るとは想像してもいなかったのだ。
不意に、先日の祥悟の言葉を思い出した。
そうだ。彼はあの時、なんて言っていた?
『気をつけた方がいい』そう言ったのだ。
『 マネージャー。あいつ、ゲイじゃん』と。
……あれは……俺のマネージャーのことを言ってるんだとばかり……。
でも違ったのだ。
気をつけた方がいいのは、祥悟のマネージャー。
つまり、今、すぐ隣にいる男。
手が伸びてきて、太腿に触れた。
智也は息をのみ、その手を上から掴む。
「や。ちょっと、待ってください」
「初めて会った時、僕は一目で君に惹かれたんだよ」
「っ、城嶋さん、ちょっと、」
引き剥がそうとする手が太腿の上で蠢く。その指先が内腿を掠めて、智也は顔を顰めた。
……気持ち悪い。無理だ。
掴む手に力を込め、グイッと引き剥がした。
横から覗き込んでくる眼鏡の奥の目を、キッと睨みつける。
「やめてください」
「君がゲイだと、すぐに分かったよ。智也」
「城嶋さん、」
「そんな怖い顔しないでくれ。僕は誰にも喋らない。これは私と君だけの秘密だ」
囁きながら城嶋が腰を浮かし、身を乗り出してきた。
これは本気でまずい。緊急事態だ。
こちらの手を振りほどいた城嶋が、その手を伸ばしてくる。
……どうする?いや、もちろんこんなのは断固拒否だ。でもこいつは祥悟の……。出来れば揉めたくないな。
智也は、近づいてくる城嶋から顔を背けた。
ゲイであることを隠しているのは事実だが、別に言いふらされても困りはしない。ただ、今後のことを考えると、祥悟のことを公私共に把握しているマネージャーと、気まずい揉め事になるのは痛かった。
……ああ。くそ。何やってるんだよ、俺は。
失敗した。
相手につけ入る隙を与えてしまった。
この手の誘いならば、仕事柄、今までに何回も経験があるのだ。25を過ぎてからは口説かれる機会は減ったが、それなりの経験値があった。だから、もっとやんわりと上手く躱すことが出来たはずなのに、今夜はうっかりしていた。
ここで飲みましょうと誘ったのは自分だ。下心のある相手を自ら誘ってしまったようなものだ。
「城嶋さん、悪いですけど俺、こういうのは困るので」
「城嶋さんではなく、しょう、と呼んでくれないか?智也」
思わず、城嶋の顔を見てしまった。
「僕の名前だ。君は祥悟くんをしょう、と呼んでいるよね。実は私も同じなんだよ」
そんなことは正直、どうでもいい。
いつの間にか、自分のことを呼び捨てしているこの男。こいつの勘違いをどうにかしたい。
智也は穏便にかわせる方法を、必死に考えていた。だが、城嶋はますます顔を近づけてきて、こちらの頬を手でやわやわと撫でてくる。
……うわっ。もう無理だ。蹴り飛ばしてやりたいっ。
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