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第224話 秋艶16

「城嶋さん、やめてください。俺はゲイじゃない。こういうの、ほんとダメなので」 「ダメ?だったらどうして、こっちでゆっくり飲もうなんて言い出したのかな。誘ってくれてるのかなって、僕は思ったけどな」 城嶋の囁く声が甘い響きを帯びてきて、寒気がした。 いや、だから、それは。 俺が迂闊だったのは認めますよ。でもあんたがそういう性的指向だなんて、知らなかったんだよ! ……と、声を大にして言ってやりたい。 そもそも、俺がゲイだとしても、どうしてそれがこの男を受け入れることになるのだ。 俺にだって、好みってものがあるんだぞ。 穏やかな人柄で、仕事の出来るベテランだと、事務所内での評判はかなり高い。 特に橘社長はこの男がいたくお気に入りのようで、事務所に来て1ヶ月も経たないうちに、所内のトップクラスのモデルたちの統括マネージャーに任命したほどだ。その担当モデルの1人が祥悟だったのだ。そのレベルのモデルたちには、日々の細々した業務をサポートする付き人が別にいる。それらを統括するのが城嶋の役目だった。 「誤解です。そういう意味で誘ったつもり、俺にはありませんから」 智也は城嶋の手を振り払い、ソファーの端にじりっと後ずさった。 「智也。そんなに警戒しないでくれないかな。無理に何かしようとは思っていないんだ。ただ、私が君に好意を持っていると、まずは伝えたくてね」 ……いや。それ、大迷惑なので。 おそらく自分はゲイに間違いはない。 でも、違うのだ。 城嶋はタチで自分もタチだ。 そして自分は城嶋のような男は、断じてタイプではない。 「光栄ですが、城嶋さん。相手を間違えてます。俺はゲイではありませんし、あなたにそういう感情を向けられても困る」 城嶋はじりじりとにじり寄ってくる。 「まさか君、その歳でまだ自覚していないのか?だったら僕がいちから教えてあげようかな。君は間違いなくこちら側の人間だよ」 性懲りも無く城嶋の手が伸びてきて、腕を掴む。 ……だから、違うって言ってるだろう! 話が噛み合わない。揉めたくはないが、ハッキリ言ってやらないときっと通じないのだ。 智也が嫌悪感に顔を歪め、城嶋の手を振りほどいて怒鳴りつけようとした時、玄関のベルがけたたましく鳴り響いた。 「っ」 「っ?」 2人同時にドアの方を見る。 ……誰だ?こんな時間に、また? 普段は訪れる者などいないこの部屋に、今日は2度目の訪問者だ。 気を取られた城嶋の手を急いで振りほどくと、智也は逃れ出るようにしてソファーから立ち上がった。 「あ、君」 呼び止める城嶋を無視してさっさとドアに向かう。 誰であれ、このタイミングで来てくれて助かった。 ロックを解除して玄関のドアを開けると、そこに立っている相手の姿を見て、智也は息をのんだ。 「…っ、祥」

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