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第227話 秋艶19

リビングに入っていった祥悟の後を追おうとして、智也はふと思い直した。 「祥。ソファーに座ってて。俺ちょっとトイレ」 「ん」 祥悟が上着を脱いでソファーに腰掛けたのを見てから、そのまま洗面所に向かった。 洗面所の鏡に映る自分の顔を見て、ため息をつく。 さっきの彼の言葉につい舞い上がってしまったが、よく考えてみると、これはかなり情けない事態だった。 祥悟はだいぶ前から気づいていたのだ。城嶋が自分にちょっかいをかけようとしていたことに。だから忠告してくれたのに、自分はまったく気づかなかった。 そして、うっかり隙を見せて言い寄られているところを、助けてもらったのだ。 ……うわぁ……。 今更ながらにショックを受けて、智也は台に両手をつきガックリと項垂れた。 ……きっと呆れているよな、祥。 惚れている相手なのだ。出来るだけ格好いいところを見て欲しいのに、よりにもよってこんな失態を救ってもらうなんて情けなさ過ぎる。 しかも、動揺していたせいで、すぐに帰ろうとした彼を引き止めてしまった。 ……どうするんだよ、この後。どんな顔して話をすればいいんだ。 ただでさえ、このマンションで彼と2人きりのシチュエーションは、先日の夜を意識してしまうから緊張するのに。 ……いや。いやいや、しっかりしろ、俺。と……とにかくポーカーフェイスだ。あんなのはたいしたことじゃないって顔、してみせないと。 それにしても、祥悟のさっきの言葉。 城嶋を追い払う為についてくれた嘘だとわかってはいるが……聴いた瞬間、心臓が止まりそうだった。 『こいつは俺の大事なカレシ、なんだよね』 大事な友だち、ではなく、カレシ。 「カレシ……」 智也は自分の手を見つめてそっと呟いてみた。 それはなんて幸せな甘い響きの言葉だろう。 口元がゆるむ。頬がムズムズする。 「おまえ、そこで何やってんの?」 「うわぁっ」 後ろから祥悟の声が飛んできて、智也はびっくりして飛び上がった。 焦って振り返ると、祥悟が扉の脇できょとんっと目を丸くしている。 「なんて声出すのさ?」 「あ、祥、あ、いや、」 「トイレ借りようって待ってたけど、おまえ出てこねえし?開けたらいないし?」 「あ。あー……ごめん」 祥悟はつかつかと歩み寄ると、ひょいっと顔を覗き込んできた。 「おまえさ、やっぱ無事じゃなかった?」 「……へ?」 「キスとか、されちまったんだろ?あ、もしかしてそれ以上、とか?」 やけに気遣わしげな顔でそんなことを言い出すと、ますます顔を近づけてくる。 「さ、されてないよ」 さっき自分に言い聞かせたはずの、ポーカーフェイスが保てない。 ……ち、近いよ、祥…っ。

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