229 / 349
第229話 挿話『ネコの気持ち(祥悟視点)』1
「橘くん。ちょっと……いいかな?」
車に乗り込んだ途端に、隣の城嶋が声をひそめながら話しかけてきた。予想はついていた。さっきの控え室での一件だ。
移動先に着くまでの貴重な時間は、仮眠にあてるつもりでいた。このところ、今回の突発的な企画のせいで、ただでさえキツいスケジュールが立て込んでいて、身体は常に休養を訴えている。
……くっそ。めんどくせぇ……。
祥悟はちらっと城嶋に目をやると、ゴソゴソと寝る体勢を探しながら
「なに?用があるなら早く言えば?俺、仮眠取りたいんだけど?」
「あ……ああ。そうだね。いや、また別の機会にするよ」
祥悟はぷいっと窓の方を向いて、目を閉じた。
……勝手に邪推して悶々としてろっつーの。
目を閉じてみても、眠りはなかなか訪れなくてイライラする。
スタジオで久しぶりに顔を見た姉の里沙のこと。
そして、自分の忠告に間の抜けた返事を寄越した智也のこと。
ようやく眠りにつく直前、祥悟は少し前の夜のことを思い出していた。
※※※※※※※※※
「今日はピッチ早いわね。どーしたの。荒れてる?」
「別に?相変わらず忙しねえからイラついてるだけ」
「あーあ。売れっ子は辛いわよねぇ。あたしとおんなじだわ」
祥悟はぷぷっと吹き出して、
「そ。ママと同じでさ、引っ張りだこだから、俺」
「うふふ。でもそんなペースで飲んじゃダメ。祥悟くん、あまり強くないでしょ」
おかわりしようとしたカクテルグラスを取り上げられて、祥悟は口を尖らせ、渋々つまみの皿に手を伸ばす。
「ね、ママ。どっかにさ、よさげな男、いない?」
グラスを磨くママがぴたっと動きを止め、大袈裟に目を見開いた。
「ね、ちょっと。今、男って言った?やだ、祥悟くん、いつからそっちもOKになったのよ?あなた完全にストレートだったじゃないの」
「別に?OKってわけじゃないけどさ。ちょっと興味あんの。いねえ?初心者歓迎のいい男」
ママはうーん…と首を傾げて
「本気なら探してあげてもいいけど……。あなた仕事が仕事だしねぇ。口が固くて質のいい紳士ってなかなか難しいのよ。ちょっと寝てみたいだけなんでしょ?」
「うん。好奇心。つーか気分転換?最近さ、女抱いてても満たされねえの。コレジャナイ感強くってさ」
ママは呆れたようなため息をついて
「まったく…。贅沢言ってんじゃないわよ。女ならどんな美人でも選り取りみどりでしょ。好奇心猫を殺すって言うわよ。やめときなさい」
「ちぇ。お説教とか要らねえし。おかわり」
祥悟は皿の上のピーナツを、細い指先でぴんっと弾いた。
満たされない……なんて生易しいものじゃない。
ダメなのだ。どの女と抱き合っても、全部同じ顔がダブる。鏡に映る自分の顔にさえイラついて、叩き壊したくなる。
ともだちにシェアしよう!