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第229話 挿話『ネコの気持ち(祥悟視点)』1

「橘くん。ちょっと……いいかな?」 車に乗り込んだ途端に、隣の城嶋が声をひそめながら話しかけてきた。予想はついていた。さっきの控え室での一件だ。 移動先に着くまでの貴重な時間は、仮眠にあてるつもりでいた。このところ、今回の突発的な企画のせいで、ただでさえキツいスケジュールが立て込んでいて、身体は常に休養を訴えている。 ……くっそ。めんどくせぇ……。 祥悟はちらっと城嶋に目をやると、ゴソゴソと寝る体勢を探しながら 「なに?用があるなら早く言えば?俺、仮眠取りたいんだけど?」 「あ……ああ。そうだね。いや、また別の機会にするよ」 祥悟はぷいっと窓の方を向いて、目を閉じた。 ……勝手に邪推して悶々としてろっつーの。 目を閉じてみても、眠りはなかなか訪れなくてイライラする。 スタジオで久しぶりに顔を見た姉の里沙のこと。 そして、自分の忠告に間の抜けた返事を寄越した智也のこと。 ようやく眠りにつく直前、祥悟は少し前の夜のことを思い出していた。 ※※※※※※※※※ 「今日はピッチ早いわね。どーしたの。荒れてる?」 「別に?相変わらず忙しねえからイラついてるだけ」 「あーあ。売れっ子は辛いわよねぇ。あたしとおんなじだわ」 祥悟はぷぷっと吹き出して、 「そ。ママと同じでさ、引っ張りだこだから、俺」 「うふふ。でもそんなペースで飲んじゃダメ。祥悟くん、あまり強くないでしょ」 おかわりしようとしたカクテルグラスを取り上げられて、祥悟は口を尖らせ、渋々つまみの皿に手を伸ばす。 「ね、ママ。どっかにさ、よさげな男、いない?」 グラスを磨くママがぴたっと動きを止め、大袈裟に目を見開いた。 「ね、ちょっと。今、男って言った?やだ、祥悟くん、いつからそっちもOKになったのよ?あなた完全にストレートだったじゃないの」 「別に?OKってわけじゃないけどさ。ちょっと興味あんの。いねえ?初心者歓迎のいい男」 ママはうーん…と首を傾げて 「本気なら探してあげてもいいけど……。あなた仕事が仕事だしねぇ。口が固くて質のいい紳士ってなかなか難しいのよ。ちょっと寝てみたいだけなんでしょ?」 「うん。好奇心。つーか気分転換?最近さ、女抱いてても満たされねえの。コレジャナイ感強くってさ」 ママは呆れたようなため息をついて 「まったく…。贅沢言ってんじゃないわよ。女ならどんな美人でも選り取りみどりでしょ。好奇心猫を殺すって言うわよ。やめときなさい」 「ちぇ。お説教とか要らねえし。おかわり」 祥悟は皿の上のピーナツを、細い指先でぴんっと弾いた。 満たされない……なんて生易しいものじゃない。 ダメなのだ。どの女と抱き合っても、全部同じ顔がダブる。鏡に映る自分の顔にさえイラついて、叩き壊したくなる。

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