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第247話 秋艶36

「離せっ」 「しー。大声は出さない方がいいね。僕は何も騒ぎにしたい訳じゃないんだ。ただね、君は分別のあるいい大人だが、橘くんはまだ若いからね。君からちょっと、釘を刺しといてくれないかな。切り札を持っているのは彼だけじゃないってことをね」 手を握られ、息がかかりそうな間近でねっとりした声を聞いているだけで虫唾が走る。 無理だ。この男は生理的に受け付けない。 盗聴器を仕掛けていたということは、昨日こいつは最初から、自分を脅して言うなりにさせるつもりだったのだ。なんて卑劣な男だろう。 こんな奴に祥悟の仕事の妨害など、絶対にさせない。 「俺に、どうしろって言うんだ。あんたに盗聴されて脅されたから、逆らわない方がいいって、祥に伝えればいいのか?」 城嶋はにやにやしながら 「分からないフリをしてるつもりかい?智也。君が僕に大人の対応をしてくれればいい。橘くんといつも楽しんでいるのなら……そういうの、嫌いじゃないんだろう?」 ……いや。あいにくと俺は、あんたが嫌いなんだよ。 智也は心の中で呟くと、ふぅっと息を吐き出した。 「あんたの望むようにすれば、その音源は全て消してくれるのか?」 「さすが、物分りがいいね」 城嶋はにっこり笑うと、腰に回した手をさわさわと動かしてきた。 ……やめろって。気色悪いな。 「ここではダメだ。祥が来る」 城嶋はぴたっと手を止めると、探るような目でこちらの顔を覗き込んできて 「だったらこの撮影の後。時間を作ってくれるのかな?」 「今日はこの後、別の現場がある。それが終わったらでいいなら」 城嶋は尚も顔を寄せてきた。生暖かい息がかかって吐き気がする。 「そんなことを言って、逃げるつもりじゃないよね?」 ……近いんだよ、離れろって。 「音源があんたの手にあるんなら、逃げたって仕方ないだろう。あんたの言う通り、祥は全然大人じゃない。このことを知ったら怒り狂って自分から大騒ぎにする。そっちの方が俺は怖い」 城嶋は眉をしかめて少し思案顔になった。 「なるほど……たしかに。彼なら考えなしに大騒ぎにしかねないな」 「俺は逃げたりしない。今日の夜、仕事が終わったら連絡する」 「わかった。じゃあ後で僕のプライベートの方の番号をメールしておくよ」 話はついた。もうこれ以上は我慢がならない。 手首に絡みつく城嶋の手を振りほどき、智也はぷいっと顔を背けて離れようとしたが、すかさず顎を掴まれた。 「っ、はな」 「約束のキス、してくれないのかい?」 そんなもの、するかーーーっと大声で叫んでやりたかった。

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