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第249話 秋艶38
今日の分の撮影が終わると、祥悟は付き人に伴われて、慌ただしく先にスタジオを飛び出して行った。
予定より時間がかなり押したのだ。
智也はスタッフに挨拶をしてから、1人ゆっくりと控え室に戻った。普段着に着替え、撮影用のメイクも自分で落とす。
途中の自販機で買った紅茶のペットボトルの蓋を開けて、一気に半分ほど飲み干すと、ほっとため息をついて、椅子に腰をおろした。
バッグから携帯電話を取り出して、まずは受信メールをチェックする。
事務所からのメールの他に、城嶋からのメールも届いていた。
開いてみると「連絡を待っているよ」と一言だけ。
智也はその文字を睨みつけて顔をしかめた。
城嶋からのメールを閉じて、今度は住所録を開く。
その中から西木戸の電話番号を選んで掛けてみた。
コール7回目で諦めて切りかけた所で相手がようやく出た。
「もしもし?」
「真名瀬か?珍しいな、おまえから掛けてくるなんて。どうした?」
「ごめん。今、大丈夫か?」
「ああ。今ちょうど講義が終わったところだ」
智也はほっと吐息を漏らすと、ちらっとドアの方を見てから、
「おまえにちょっと教えて欲しいことがあるんだ」
手で電話を覆い、小声で話し始めた。
新宿で目当ての物を手に入れ、サンドイッチの専門店で手早く昼食を済ませてから、青山にあるスタジオに向かう。
珍しく重なった2つ目の仕事も無事に終わると、予定より随分早くフリーになれた。
智也はぶらぶらと表通りを歩いて、馴染みのカフェのひとつに立ち寄った。
店の一番奥のテーブルについて、お気に入りの紅茶をポットでオーダーすると、手に入れたばかりの箱の包みを開けてみる。
説明書をざっと読んでみたが、西木戸が勧めてくれたこの機種は、どうやらシンプルで使いやすそうだ。
西木戸は高校時代の友人の1人だ。彼は理数系が得意だったが、文系の自分とは何故かウマが合い、よく一緒につるんでいた。今は工学系の大学院を出てそこの助手をしている。
紅茶が運ばれてくると、智也は箱から取り出した小さな機器をポケットに突っ込み、取扱説明書はバッグにしまった。
ポットからカップに紅茶を注いでひと口飲むと、重いため息を吐き出す。
……使い方はわかったけど……やっぱり一回は寝ることになりそうだな…あいつと。
考えると気が重い。今まで、なんとかその手のお誘いは切り抜けてきたのだ。まさかこんな歳になって、断れない状況に陥るとは思わなかった。
社長に直接、城嶋から脅されていると相談することも考えた。おかげで幸せな筈の今日の撮影現場では、ずっと上の空だった。
だが、自分は社長にそれほど評価されていないし、祥悟とのことを持ち出して相談すれば、痛くもない腹を探られることになりかねない。
城嶋が具体的に握っている自分たちのネタの真偽を確かめて、脅されている証拠を掴んでからでないと、第三者に相談しても無駄に騒ぎを大きくするだけだ。
自分は男だから、仮にあいつに抱かれることになっても、その時間だけ死んだ気になって我慢すればいい。決して気色のいいことではないが、祥悟の為なら耐えられないことではないのだ。
実際そうなったら、しばらくは落ち込むかもしれないが。
携帯電話で時間を確認する。
そろそろ、連絡を入れた方がいいかもしれない。
城嶋は統括マネージャーだ。直接自分と関わってはいないが、こちらのスケジュールや仕事の進捗状況は、いくらでも調べられるだろう。
智也は紅茶を飲み干すと、深く重たいため息をついた。割り切ってはいても気が重いのは間違いない。
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