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第250話 秋艶39
仕事は終わったと城嶋にメールを送ると、折り返しすぐに、時間と場所を伝えるメールがきた。
どこかのBARで待ち合わせかと思ったが、城嶋が指定してきたのは、老舗の超高級ホテルのラウンジだった。
下心丸出しの誘いにしては、随分と場違いな場所だ。
智也は重たいため息を無意識に何度もつきながら、電車を乗り換えてそこへ向かった。
ホテルのラウンジに着くと、既に城嶋は来ていて、コーヒーを飲みながら手帳を開いていた。
智也が近づくと、顔もあげずに分厚いシステム手帳を閉じて
「ああ、座って。何か飲むかい?」
言いながらこちらを見上げる。
その余裕ありげな眼鏡の奥の微笑みにムカついた。
智也はスイっと視線を外し
「いえ。要りません」
「そうか。じゃあ、行こう」
城嶋はボーイを呼んで差し出された伝票にサインだけすると、バッグを手に立ち上がる。
並んで歩くと、城嶋は自分より若干背が高い。体格は自分より全体的に厚みがあるが、10は上であろう彼の年齢を考えると、きちんと管理された身体つきだ。顔は少し癖があるが、整った部類に入るだろう。モデルだらけのうちの事務所では、格別いい男ぶりというわけではないが、決して見てくれは悪くないのだ。
智也はさりげなく城嶋を値踏みしてみて、ゲンナリした。城嶋がどれほどいい男であっても、これからの時間が楽しいものになるはずはないのだ。
当然のように奥のエレベーターホールに向かう彼の背中を見ていたら、回れ右して帰りたい衝動に駆られた。
……やっぱり無理だ。こいつにベッドで組み敷かれるなんて……我慢ならない。
立ち止まってしまった智也に気づいて、城嶋が数歩先で足を止め振り返る。
「どうしたんだい?智也」
……呼び捨てにするな。誰がそう呼んでいいって言ったんだよ。
心の中で悪態をつく。無表情のまま黙って睨みつけていると、城嶋は片眉をあげてからこちらに引き返してきた。
「もしかして君、怖いのかな?」
すぐ横に並ばれ、肩に手を回され、囁かれた。
ゾワっと鳥肌が立つ。
いや、蕁麻疹まで出てきた気がする。
……怖いんじゃない。生理的に受け付けないんだよ、あんたが。
……と、口に出して言ってやりたい。
「部屋に行くのか?」
精一杯なんでもないという声音で聞いてみる。
「もちろん。出来るだけ長く、君と2人きりの時間を楽しみたいからね。夕食ならルームサービスがある。ここのルームサービスは絶品なんだよ」
城嶋の囁きが、妙に甘さを滲ませてきた。
智也は堪えきれずに顔を思いっきり顰めると、すっと身体を離して
「1件。電話をしてくる」
エレベーターホールの奥の電話ルームを見ながらそう言うと、城嶋はやれやれ……というように首を竦めた。
「電話なら携帯があるだろう?部屋に行ってからでも出来る。どうしたんだい?急に怖気付いたの?往生際の悪い君も、可愛いけどね」
揶揄うようなその声音に、プチっと頭のどこかが切れる音がした。
……クソッタレめ。
智也は思いっきり不機嫌を顔に出して、大きなため息をつくと
「わかった。部屋に行こう」
低い唸り声で吐き捨てて、城嶋より先にエレベーターに向かって歩き出した。
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