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第251話 秋艶40
部屋に入るなり抱き寄せられそうになって、智也はすかさず城嶋から離れた。
エレベーターの中でも、腰に手を回されそうになり、壁にへばりついて無言の抵抗をしていたのだ。
城嶋は面白そうに笑いながら首を竦めた。
「どうして逃げるの?恥ずかしいのかな?」
……いや。恥ずかしいのはおまえの思考回路の方だろ。
近づいてくる城嶋を思いっきり睨みつけながら、じりじりと離れる。
「そんなに警戒しないで欲しいな。言っただろう?僕は、君の嫌がることを無理強いはしないよ」
……だったらとっとと失せろよ。タヌキめ。
城嶋はそれ以上は深追いして来なかった。
ジャケットを悠々と脱いでクローゼットのハンガーに掛けると
「ルームサービスを頼むからね。そこにメニューがあるから見ててくれ」
城嶋はそう言うと、洗面ルームに消えた。
智也は、城嶋が引き返して来ないか確認してから、ポケットの中のボイスレコーダーのスイッチを入れて、ジャケットからスラックスのポケットに素早く移動した。
ジャケットは脱げと言われるかもしれない。
ここでのやり取りを全て録音するには、出来るだけ肌身離さず持っていたかった。
どうやらここは、スイートルームだ。
城嶋がどんな顔をして、フロントでこの部屋をとったのか知らないが、男2人でスイートルームなんて気持ち悪すぎる。
……ルームサービスだと?給仕にこの部屋まで運ばせるのか?
相手は接客教育を受けた一流のホテルマンだから、スイートルームに男2人がいたとしても顔色ひとつ変えないだろう。だが、見られるこっちはたまったもんじゃない。
城嶋はこういうことには慣れている様子だ。
祥悟の言う通り、裏ではいろいろとヤバいことをしているのだろう。
やはり単身で会いに来てしまったのは、失敗だったかもしれない。
智也がドアの方をちらっと見た時、洗面ルームから城嶋が出てきた。
「どうしてつっ立ってるんだい?ジャケットを脱いで、寛いでくれてたらよかったのに」
城嶋はツカツカと歩み寄ってきて、手を差し出した。
「ジャケットを脱いで」
智也が返事もしない無視していると、城嶋はふふっと笑って
「緊張してるのか。可愛い人だ。それとも僕に脱がせて欲しいのかな?」
智也はそっぽを向いたまま、うえっと顔を顰め、渋々ジャケットを脱いで城嶋に差し出した。
城嶋の気取った動作のひとつひとつ、喋る言葉、そしてその猫撫で声まで、全てが悪寒がするほど気持ち悪い。
ジャケットを掛けて戻ってきた城嶋が、すっと腕に触れてきた。
「座って、智也。夕食のメニューを決めよう」
智也は身体をひねってその手をかわすと、城嶋から1番遠いソファーの隅に腰をおろした。
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