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第253話 秋艶42

「城嶋さん。最初にはっきり言っておく。俺はあなたに恋愛感情は持てないし、そもそもゲイじゃない。あなたが祥悟の仕事の妨害をするなら」 「まあ、待ちなさい。込み入った話は食事の後だ」 城嶋はにこにこしながらこちらの言葉を遮ると、シャツの上から胸の筋肉を指先で辿る。その手つきのいやらしさに、智也は顔を歪めた。もうひたすら気持ち悪いだけだ。 「はっきり言って、俺はあんたが嫌いだ。録音したっていう音源を出せよ。あんたとのんびり食事するなんて真っ平だ。俺はあんたと取り引きしに来ただけなんだ」 智也が苛立ちをあらわに吐き捨てるように言うと、城嶋の顔つきが変わった。 にこやかな笑顔は消えて、眼鏡の奥の目つきが鋭くなる。 「だったら大人しく僕の言う通りにしてるんだね」 「あんた、何がしたいんだ。何が望みだ。こんな馬鹿げた脅迫なんかして、俺に何をさせたい?」 城嶋は立ち上がると、こちらに覆い被さるようにして両手を背もたれについて、見下ろしてくる。 「僕は君が気に入った。是非とも親密なお付き合いをしたいと望んでいるんだよ。まだお互いによく知らないからね。時間をかけてゆっくりと君のことを知りたいな。今夜は記念すべき初めての夜だ。夕食が済んだら奥のベッドで……朝まで愛し合おう」 「………………」 智也は内心うんざりしてきた。 やっぱりこいつは宇宙人だ。まともな会話のキャッチボールが出来る気がしない。 「だったらまず、あんたが盗聴したっていう証拠の録音を聞かせろよ」 「せっかちだね、智也。それは夕食の後だよ。ほら、ルームサービスが来たようだ」 遠くの方でエレベーターが到着したピンポーンという音が微かに聴こえた。 ドアベルが鳴ると、城嶋は身体を起こし、ほらね、とでも言うように、にっこり笑ってみせた。 テーブルに並べられた料理を、城嶋がご機嫌な様子で食べ始めても、智也は憮然とした表情のままで一切手はつけなかった。 城嶋は脅したり猫撫で声を出しながら、何回も食べろと催促してきたが、智也はそれを完全に無視してそっぽを向いていた。 本当はもうちょっと大人になって、和やかに食事をしながら、城嶋から情報を引き出すつもりでいた。だが、とにかく噛み合わない城嶋との会話に、すっかりやる気を削がれていた。 こういう本音の探り合い的な取り引きめいたことは、やっぱり自分の性にあわない。 夕食が終わって、いよいよ奥の寝室へ…となったら、城嶋の口からはっきりと脅迫の言動だけ引き出して、それを録音してさっさと逃げ出そう。 証拠の音源を手に入れたら、専門的な機関に相談にいく。 祥悟にはこの件を知らせる気はなかった。 もしこんなことを知ったら、祥悟は本気で怒って事を大きくしてしまうに違いないのだ。 それでは何の為に自分が単身でここに来たのか、意味がなくなってしまう。 「まったく手をつけなかったね。君もなかなか強情な人だ」 城嶋はちょっと呆れたように呟いて、ナプキンで口元を拭くと立ち上がった。 「このままにしておいて、後でまたお腹が空いたら食べることにしよう。智也、シャワーは浴びるかい?」 ……いよいよ、きたか。 「いや。俺は撮影の後で浴びている」 「そうか……。じゃあ僕だけ失礼するよ」 城嶋は洗面ルームの方に行きかけて足を止め、振り返った。 「急に怖気づいて逃げたりしないでくれよ、智也」 智也は、思いっきり投げつけてやりたい衝動を必死に堪えて、ソファーの上のクッションをぎゅーっと握り締めた。

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