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第256話 秋艶43

……これは……いったい……。 智也はすっかり混乱して困惑していた。 シャワールームから戻ってきた城嶋は、素肌にバスローブを羽織っただけの姿で、窓際に立っている智也に近づいてきた。 「お待たせしたね、智也」 伸びてきた手が腕を掴む。振り払いたいのをぐっと堪えて、智也は無言で彼を睨めつけた。 城嶋は気色の悪い笑顔で首を傾げると 「来たまえ。奥の寝室だ」 「俺らを脅迫している証拠の音源。聴かせてくれないのか?」 「もちろん、聴かせてあげるよ。ベッドの中でゆっくり……ね。さあ、焦らすのはなしだよ。おいで」 促され、奥の寝室へと一緒に入っていった。 流石はスイートルームだ。 ゆったりした室内のど真ん中に、男2人でも充分余裕がある広さの豪華なベッドが置かれている。 普段ロケなどで泊まるビジネスホテルの寝室とは、まるで別世界だった。 部屋の入口で立ち止まり、眉をしかめてベッドを見つめる智也に、城嶋は腕を絡ませてきて 「あれが僕たちの記念すべき初夜の舞台だ。嬉しいよ、智也。君とは事務所で初めて会った時から、いずれこんな夜を過ごせたら…と思っていたのだ。運命の出会いって感じかな」 ……や。俺はひとかけらも、そんな運命を感じなかったけどね。 城嶋は少しはしゃいだ様子で、こちらの顔を覗き込んでくる。その妙に甘えたような媚びた表情が、死ぬほど気持ち悪い。 …というか、なんだかやっぱり調子が狂う。 ……いいからとっとと俺をベッドに引きずり込めよ。 城嶋は腕の筋肉を確かめでもするように、ベタベタと触りながら下に手をずらしていき、 「君の身体。まずは見せてくれないか?ああ、いいよ、僕が脱がせてあげる」 言いながら、今度は胸に手を伸ばしてきて、シャツの上から触れてきた。胸の筋肉をさわさわと撫で摩る、その指先の動きがいやらしい。 ……ダメだ。鳥肌どころじゃない。悪寒がしてきた。 もっと荒っぽく強引に、ベッドに押し倒されて無理矢理に。そんなシチュエーションをイメージしていたのだ。だが城嶋はまったくそんな気配を見せない。うっとりとした表情を浮かべ、楽しげにこちらの胸筋の感触を指で確かめている。 「ああ。やはり君の身体は美しいね」 城嶋の指が、ようやくシャツのボタンに触れた。上から順に外しながら、感嘆のため息をこぼし 「間近で見て触れてみたいと思っていたんだ。やはり素敵だ」 ボタンを外し終えると、シャツを開き、屈み込んで顔を近づけてくる。 ……や。無理だから。 智也は思わず後ろに大きく後ずさった。 城嶋はかわされて不満気に顔をあげ 「どうして逃げるの?」 その不貞腐れたような媚びた表情が、壮絶に気持ち悪い。 「城嶋さん。ひとつ…確認しておきたい。あんたが俺を脅してまでやりたいことって、セックスなんだよな?」 つい、聞いてしまった。今更、何とも間の抜けた質問だが、さっきから感じている違和感が、徐々に嫌な疑惑になってきていた。 城嶋は微笑みながら小首を傾げ 「そうだよ、智也。改まってどうしたの?」 「いや……その、つまり……俺を抱きたいって、ことなんだよな?」 城嶋はちょっと目を見はってから、くすくす笑いだした。 「ああ……そうか。ひょっとすると君、抱かれる側は経験がないんだな。だからそんなに抵抗していたのか。可愛いな……智也」 城嶋はじりじりと近づいてくると、両手で肩をがしっと掴んで 「安心しなさい。僕はどっちもいける人間なんだよ。初めてで怖いと言うなら、まずは私が抱かれる方になってあげてもいいんだ」 甘えた猫なで声で小首を傾げる城嶋に、智也は息をのんで固まった。 ……ちょ、……っと、待て。いや、そうじゃないからーーーー。

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