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第257話 秋艶44

「事務所での顔合わせの時から、君のことは好ましいと感じていたんだよ。その後、撮影で君の上半身を見てね、すっかり惚れ込んでしまったのだ」 ……や。触るな、っていうか、近づくなよ、おっさん。 じりじりと後ずさる智也に、城嶋はうっとりとした表情でにじり寄る。 どうもおかしいと思っていたのだ。うすうす感じていた違和感の正体はこれだった。城嶋が自分に向ける視線や表情、仕草。醸し出してるものに、雄のギラギラした欲情とは違う種類のものが混ざっていた。 ……あんた……そっちもOKだったのか。 いやいや組み伏せられるシチュエーションは覚悟していたが、これはまったくの想定外だ。 この男を、自分が抱く……? ……ありえないっ。絶対に無理だ! 自分は男だから、尻の一つや二つ、祥悟を守る為なら、最悪差し出しても構わないと思っていた。 でも、こっちはダメだ。俺のコレは祥悟を抱くためのものだ。 そもそも、城嶋相手に勃つ自信は……ない。 後ずさる足がベッドの端にぶつかり、勢い余ってそのまま後ろに倒れ込んだ。 うっかりベッドに座り込んでしまった智也に、城嶋が気色の悪い笑顔で覆いかぶさってくる。ガバッとのしかかられて、仰向けに横たわった。 「抱いてくれ、智也。君のこの素敵な身体で」 「や、無理だ…っ」 城嶋の顔がすぐ間近に迫る。智也は必死で顔を背け、腕を伸ばして城嶋の身体を押し返した。 「今更そんなつれない態度かい?だが、君のそういうところ、嫌いじゃないよ」 ……いや。俺は嫌いだから! 懇親の力を込めて、城嶋の胸を押し返しながら、その下から這い出でようとするが、城嶋は完全に体重をかけて馬乗りになっていて、簡単には跳ね返せない。 脅迫の証拠を録音する計画は失敗だ。 こちらが抱く側では、無理やり強姦されたことにはならない。 とにかく今は、一刻も早く、ここから逃げる。 背けた顔の横に城嶋の顔が迫る。智也は手で掴んでぐにぃーっと押し戻した。その拍子に城嶋の眼鏡が外れて飛んでいく。 城嶋の表情が一変した。 といっても気色の悪い笑顔に凄みが増しただけだが。 「智也。往生際が悪い君も好きだがね。そろそろ抵抗はやめてもらいたいな」 「どけろよ。俺はあんたを抱くなんて、言ってない」 「いや。抱いてもらうよ。君はその為に私の誘いに応じたんだからね」 「違うっ」 城嶋の生暖かい息が頬にかかる。 「つれないな、可愛い智也。じゃあ抱いてくれたらお礼に次は君を抱いてあげるよ」 智也は彼の身体を乗せたまま、身をよじってずり上がった。押さえ込まれていない足をばたつかせ、急所を狙って膝で蹴り上げる。 「うっっっ」 何度目かの抵抗がクリーンヒットした。膝が城嶋の股間を直撃したのだ。 呻いて股間を庇おうと怯んだ城嶋の隙をついて、身体の下から逃れ出る。すかさず起き上がって、股間を押さえて悶絶している城嶋の身体を蹴り飛ばすと、ベッドから飛び降りた。 「待てっ、貴様、」 部屋から出て行こうとする智也を、城嶋が苦しげに呻きながら呼び止めた。振り返ると、城嶋はベッドから身を起こし、顔を歪めて 「後悔するぞ。おまえと祥悟の淫らな噂を、業界中に撒き散らしてやるからな!」 智也は眉をひそめて城嶋を睨みつけながら、スラックスのポケットからボイスレコーダーを取り出し 「やれるものならやってみろ。あんたのその脅迫、しっかり録音したよ。これから然るべき場所に相談に行く。祥悟が掴んでいるあんたの裏情報も一緒にな」 「なっ、」 「あんたと同じ手を使っただけだよ」 智也はそう言って城嶋を睨めつけると、部屋を出て行った。

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