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第259話 秋艶46
祥悟に思いっきり愚痴りたい気持ちをぐっと飲み込む。
「ああ。ごめん。心配してくれてありがとう」
『……いや。何もねえならいいし』
祥悟はぼそっとそう言うと、黙り込んだ。そのまままた切れてしまうかと思った通話は、沈黙のまま続いている。
自分のことより、祥悟だ。
彼の声が、どことなく覇気がない。
「祥。君の方は?何もないかい?」
『……別に?忙しすぎて、疲れた』
「明日は仕事?」
『んー。明日も、仕事な。今週は休みねえの。ひっでえ事務所だよな』
「調整してもらったらいいよ。そんな調子だと身体を壊してしまうよ」
再び、電話が沈黙した。
やっぱり祥悟の声は元気がない。疲れているだけなのか、それとも何かトラブルが起きたのか。
「明日、何時にフリーになるの?」
『現場次第だけどな。予定だと午後2時には終わるはずかな』
「俺は明日はオフだから、終わったらここに来るかい?」
いつもなら、自分からこんな風に誘うのは勇気が要る。でも、祥悟に会いたい気持ちが勝った。
『んー……』
祥悟は唸った後、また沈黙した。
「あ、いや、ゆっくり休みたいなら…」
『行く。終わる頃に電話するし。じゃな、智也』
それだけ言って、こちらの返事を待たずに、プツンっと電話が切れた。智也は携帯電話をじっと見つめて、ため息をつく。
何かあったのかと聞いても、答えてくれそうにないが、祥悟の沈んだ声がやっぱり気になる。
「明日……それとなく聞いてみるかな」
智也は独りごちて、携帯電話をテーブルに置くと、椅子に腰をおろして、缶ビールをあおった。
「祥」
智也がドアを開けると、祥悟はちょっと頬をゆるめて首を竦めた。
「入って」
「んー」
光の加減か、もともと白い祥悟の顔が、ひどく青ざめて見える。
靴を脱ぐと、祥悟はさっさとリビングに向かい、上着も脱がずにソファーにドサッと腰をおろした。
「お疲れさま。昼飯は食べたかい?」
「ん。仕出し弁当。今日のは花野井のだから食えた」
花野井は現場で取る仕出し弁当屋の中では、一番美味いと評判だ。
「そうか。何か飲む?」
「紅茶。こないだの、何とかって葉っぱのやつ」
「わかった。待ってて」
祥悟のお気に入りの茶葉を心を込めて丁寧に入れる。それを持ってリビングに向かった。
「はい。どうぞ」
「さんきゅ」
祥悟はぼんやりと宙を見つめていた目を、ゆっくりとこちらに向けた。目が合うと、視線だけで隣に座れと促してくる。
智也は自然と定位置になっている彼の横に、腰をおろした。
「顔色が悪いな、祥。体調、よくない?」
祥悟はそれには答えず、ひとくち紅茶を啜ると、カップを置いて、肩に寄りかかってきた。
「……疲れた……」
「少し、横になるかい?」
「いい。寝るとすぐにまた朝が来ちまうもん。こうしてた方が楽だし」
智也は頷いて、彼が寄りかかりやすいように、身体を少しずらした。
触れた場所から伝わってくる体温が心地いい。
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