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第260話 秋艶47
「ねえ、祥。疲れてるだけじゃないよね。何か……あったのかい?」
なるべくさりげない口調で、切り出してみる。
肩にくたっともたれかかった祥悟の目は、ぼんやりと宙を見つめたままだ。
言いたくないなら、言わなくていい。
無理に聞き出すつもりはないのだ。
「んー。あった……っつーか、なかったっつーか……」
もごもごと口の中で呟く。
智也はそっと肩をずらして、祥悟の頭を自分の胸にもたれさせると、空いた腕を後ろに回して、彼の肩を抱き寄せた。
「あいつからさ、電話が来たんだよね」
しばらくそのまま無言でいると、祥悟がまた口を開いた。
「昨日、おまえからの電話、切れちまった後すぐ、な」
……あいつ……というのは……例の彼女のことかな。
智也はそっと横目で祥悟の表情を窺った。
「電話出たら、すげーパニクっててさ。何言ってんのかさっぱりわかんねえから、あいつのマンションに飛んでったんだよね」
祥悟が片想いの相手のことを、こんなに具体的に話すのは初めてかもしれない。
智也は邪魔をしないように、無言で相槌だけ打った。
「行ってみてわかった。空き巣だったんだよ。セキュリティしっかりしたマンションなのにさ、あいつが仕事行ってる間に、誰かが忍び込んで……」
「何か、盗られたのかい?」
祥悟はむすっと口を尖らせ、嫌そうに顔を歪めた。
「盗られてはいないみたいだな。ただ……人形が置かれてたんだ、ベッドにさ」
「人形?」
「そ。腹んとこ裂かれて綿が飛び出てた」
智也は息を飲んだ。
「っどうして……そんなもの」
「嫌がらせ、だよな、明らかに」
胸の奥がもやもやするような薄気味悪い話だ。
祥悟の想い人は、誰かの恨みをかっているのだろうか。
「それは……酷いな。彼女さん、参ってただろう」
祥悟は怖ばった顔に苦笑を浮かべて
「まあ、な。だからとりあえず、昨夜はずっと側にいてやったんだ。すげえ怯えてたしさ」
……昨夜はずっと、側に……。
智也は慌てて彼から目を逸らした。
想い人のマンションに泊まったのか、祥悟は。
怯えるその人を、一晩中抱き締めて過ごしたのだろうか。
胸の奥が、ヒヤリと冷たくなった。
もしかして……打ち明けたのだろうか?
告白はしないと、前に言っていた。
でも、そんなことがあった時に、誰よりもまず1番に祥悟に連絡をした彼女。そして、オーバーワークで疲れ果てているのに、すぐさま駆けつけた祥悟。
お互いに、大切な相手だと想い合っているのか。
だとしたら……。
自分が祥悟に抱いているこの想いは、いよいよ終わりの時を迎えるのだろうか。
思わず、肩を抱く手に力がこもった。
……嫌だ、祥。まだ……まだ早いよ。
距離を置いていた頃よりも、近づいたのだ。
こんなにも近くに、君がいてくれる。
この幸せな距離感を、まだ失いたくない。
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