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第261話 秋艶48
「ねえ、祥。その人は、誰かに恨まれているのかな?」
智也は半ばぼんやりしながら、問いかけた。腕の中の祥悟が、ムクっと顔をあげる。
「んー……ま、恨まれてっつーより、妬まれたりとか、してんのかもな。仕事が仕事じゃん?」
「仕事?その人は、妬まれるような仕事をしているの?」
智也の質問に、祥悟が変な顔をした。怪訝そうに眉をひそめ、じっとこちらを見上げてくる。
「は?おまえ、何言ってんの?」
「え……?」
「智也。おまえさ、今、なんの話してんのか、分かってる?」
「え……えーと?」
祥悟は何故か呆れたような顔でため息を吐き出すと
「おまえってほんと、天然だよな……。里沙だよ、里沙。今話してたのはさ、里沙のこと」
「えっ?里沙さん……?」
「あんだけ派手な仕事やってんだぜ、あいつ。特に女同士なんか嫉妬まみれのエグい世界だろ。妬まれたりってやっぱするんじゃねえの?」
……里沙さん?あれ?……ちょっと待って。そうすると、祥悟が今言ってたあいつっていうのは……片想いの彼女じゃなくて……。
そ……そうか、里沙さんのことか。
胸に込み上げていた暗い絶望感が、一気に霧散した。
「そうか。今のって、里沙さんの話だったのか」
智也が改めてそう言うと、祥悟はますます呆れ顔になり
「誰の話だと思って聞いてたのさ?そ。里沙。あいつのマンションに誰かが侵入したんだよ。ったく。おまえってほんと、人の話聞いてねえし」
「……ごめん」
相手が例の彼女であれ里沙さんであれ、留守に忍び込まれて妙な置き土産をされたのだ。全然いい話じゃない。それなのに、泊まったのが姉の里沙の家だったというだけで、智也の心は浮上した。安堵のあまり、頬がゆるんでしまいそうになる。
智也は表情を引き締めて
「そうか……可哀想に、里沙さん。嫌な思いをしたね」
「ま、動物の死骸とかじゃなくてよかったけどさ、陰湿だよな」
「警察には?」
「ん。一応110番してさ、警察は呼んだ。部屋ん中調べてもらったけどな。たぶん無くなってるもんはない。オートロックだからどうやって忍び込んだのか、まだわかんねえけど。里沙は気持ち悪いって、今日からしばらくホテル住まいだし」
「ホテル?君のマンションに泊めてあげたらいいのに。その方が里沙さんも、安心だろう?」
智也がそう言うと、祥悟はまた変な顔をした。
……なんだろう。俺はまた、何かおかしなことを言ったのかな。
祥悟はぷいっとそっぽを向いて
「俺のマンション、寝室ひとつだし?ベッドだって1個しかねーじゃん。いくら姉弟だって小学生じゃねえんだからさ、同じベッドで寝る訳にはいかねえもん」
「ああ……まあ、そうだよね、たしかに」
「そうだよ」
祥悟は何故か不貞腐れたようにそっぽを向いたまま、こちらの腕を引き剥がし
「昨夜はおかげでほとんど寝れてねえの、俺。あいつ、怖いから同じベッドで寝て欲しいってグズるからさ」
なるほど。そういうことか。
たしかに、仲のいい姉弟とは言っても、既に成人している異性なのだ。一緒のベッドで寝るなんて、きっと気が休まらないのだろう。
祥悟がやけに青白い顔をしていた理由がわかった。
これは完全に睡眠不足だ。
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