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第262話 秋艶49

「だったら祥。やっぱり少し、横になった方がいいよ。起きたい時間に起こしてあげるから」 智也がそう言うと、祥悟はちろっと横目でこちらを見て 「んじゃ、ここでちょっと寝るし」 「いや、ベッドでだよ。こんな所じゃ疲れが取れないからね。君、自分の顔色、自覚あるかい?真っ白だ。お願いだからベッドでちゃんと寝て?……ね?」 祥悟はちょっと子どもっぽく拗ねた顔でこちらを睨んでいたが、やがて首を竦めて 「おまえがそこまで言うなら……ベッドで寝てやってもいいけど?」 「ふふ。ありがとう、祥」 智也は立ち上がり、祥悟に手を差し出した。祥悟は照れたようにそっぽを向きながら、それでも素直に手を掴んで立ち上がる。 「あ。そだ」 リビングのドアの前で、祥悟は立ち止まると 「城嶋の件な」 ドキッとした。 「あ。うん……なに?」 「あいつがまた、おまえにおかしなことしねえように、手は打っといたから」 「え……?どういうこと?」 祥悟はにやっと笑うと 「前に情報くれたやつの伝で探偵雇ってさ、いろいろ証拠掴んでんの、今。あいつ、前の事務所でもモデル相手にトラブル起こしててさ。ある程度、証拠が揃ったら、提出するって言っちまったし」 智也は目を見開いた。 「言っちまったって……だ、誰に…?」 「もちろん、社長にだよ。俺は橘のおっさん大っ嫌いだけどさ、あの人そういうトラブルには人一倍敏感だからな。最初は疑ってたけどSM倶楽部の話出したら、途端に顔色変わったぜ」 「SM……クラブなのか……こないだ城嶋に言ってたのって」 「そ。他にもいろいろまずいもん出てくるんじゃねーの?あいつ、相当やばいから」 ふふんっと鼻で笑う祥悟を、智也は呆然と見つめた。 ……祥……君って……。 「馬鹿なヤツだよな。おまえに変なちょっかい出してこなきゃ、こんなくだんねえ情報スルーしてやってもよかったのにさ。ま、そういうことだから。社長になんか言われたら俺に聞けって言っといてよ」 祥悟はそう言ってまたにやりと笑うと、ドアの向こうに消えた。 その後ろ姿を呆然と見送って、智也は閉まったドアに凭れ掛かる。 不敵に微笑む祥悟の顔とその言葉を、ぼんやり反芻してみた。 自分の知らないうちに、祥悟はさっさと手回ししていたのだ。城嶋が妙な行動を取る前に。 ……じゃあ、俺のやったことは……。 まったくの無駄な努力だったわけだ。 あんなに悲愴な覚悟で、寒気のするような思いをしたのに。 「……ふふ。ふふふ……」 思わず笑いが込み上げてきた。 なんて頼もしい「カレシ」だろう、祥悟は。 城嶋に啖呵を切った時の彼の言葉を思い出していた。 自分がすごく情けなくて凹むのに、祥悟のことが誇らしくて複雑な心境だ。

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