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第263話 秋艶50

他人の気配があると熟睡出来ないだろうと、智也はそれから2時間近く、寝室には近寄らなかった。 マンション近くの小さなスーパーに買い出しに行き、祥悟の為に夕食の支度をする。 鶏のむね肉を使った、ボリュームはあるがヘルシーな蒸し鶏のサラダと、同じく鶏の挽肉をオリーブオイルでカリカリに炒め、ほうれん草とコーンを入れて薄口の醤油味にしてとろみをつけたスープ。 料理は決して得意ではないが、休日はなるべく自分で作るようにしている。自分以外にも食べてくれる人がいるというのは、やはり作り甲斐がある。 概ね作り終えて、壁の時計で時間を確認すると、あれから2時間経っていた。なんだか心がぽかぽか幸せで、つい時間を忘れて集中していたらしい。 智也はちょっと首を傾げてから、手を拭いてキッチンから出て、祥悟の眠る寝室へ向かった。 そっとドアを開け、忍び足でベッドの側まで近づく。布団の塊から、祥悟の柔らかい癖っ毛がはみ出してシーツに流れ出ていた。 撮影用に伸ばしている髪は、これまでで1番長いかもしれない。 そーっとそっと、顔を覗き込んでみると、髪の毛の隙間から白くて滑らかな肌が見えた。 祥悟はすっかり熟睡している。固く瞑った目蓋を縁取る長い睫毛が、すよすよと心地良さげな寝息と共に、微かに震えていた。 ため息が出るような美しい人だ。 出逢ってから、もう何度抱いたかわからない感嘆の思いを胸に、智也は彼の寝顔を優しく見つめた。 こうしてすぐ近くで、無防備な彼の寝顔を見守れることの幸せ。 祥悟が例の彼女と想いを伝えあったのじゃなくて、よかった。 まだもう少し、自分はこの距離にいられるのだ。 穏やかな眠りを妨げてはいけない。 智也は恐る恐る手を伸ばし、指先でほんの微かに彼の髪の毛を撫でると、ベッドから離れかけた。 不意に、祥悟がちょっと苦しそうに唸って、もぞもぞと動いた。 息を殺して彼の様子を見つめていると、何か嫌な夢でも見ているのか、きゅっと眉を寄せて寝返りを打つ。 微かに唸る声の合間に、聴き取れないほど小声で何か呟いている。 智也は屈み込んで、顔を近づけた。 「ぅ……ん……。さ……。り…さ」 わずかに聴き取れたのは……人の名前だ。 ……りさ……。里沙…さんかな……。いや、もしかしたら……アリサ……? 智也は眉をしかめ、すっと身を起こした。 寝言で名前を呼ぶ。 たぶんその人が夢に出てきているからだ。 それだけのことだ。ただそれだけの。 夢に出てくるからといって、祥悟がその相手を想っているとは限らない。

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