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第264話 秋艶51

そのまま、また穏やかに眠っていくかと思っていたが、祥悟の顔が更に歪み、酷く苦しげに喘ぎ始めた。 智也は再び屈みこんで、きつく眉を寄せている彼のおでこにそっと手を置いた。 ……熱は……ないな。 祥悟のおでこはひんやりしている。熱というより、どうやら汗をかいているらしい。 「んん。んぅ……ん、んぅ」 唸る様子があまりにも苦しそうで、頬に手をあてて軽く撫でるように叩いた。 「祥?どうしたの、祥。ね、起きて」 祥悟はなかなか目を覚まさなかった。 最初低かった唸り声は、どんどん大きくなる。伸ばした手で必死にシーツを掴むのを見て、胸が掻き毟られた。まだ起こすのは忍びないと思っていたが、こんな悪夢の中にいつまでも閉じ込めているのは可哀想だ。 智也は祥悟の両肩を掴むと、少し強めに揺り動かし 「祥。起きて。祥っ」 「んあっ、かぁさんっ」 祥悟が何か叫んで、カッと目を見開く。その綺麗な瞳に怯えが滲んでいるのに気づいて、智也はハッとした。祥悟は真っ直ぐにこちらを見ているのに、焦点が合っていない。 「祥?目を覚まして?それは夢だよ、祥」 キツくならないように、だが一言一言ハッキリと呼びかけてみる。祥悟の眼差しが一瞬揺れ惑い、やがてゆっくりとこちらに焦点を結んだ。 「……とも、や……?」 「うん、俺だ。分かるね?祥」 「智也……」 「夢を見ていたんだよ、君は。あまりいい夢じゃなかったみたいだね」 怖ばっていた祥悟の頬が一気に弛緩する。 はぁ……っと長く尾を引く吐息を漏らし、見開いていた目を柔らかく伏せた。 「夢……そっか。……夢、か」 「ごめんね、起こしてしまって。あんまり苦しそうで、見てられなかった」 祥悟が伏せた目をあげてこっちを見る。 「今、何時?」 「6時過ぎだよ」 祥悟は小さく瞬きすると、肩を掴んだままのこちらの腕に触れて 「謝んなよ。起こしてくれて、さんきゅ。すげえ、苦しかった」 言いながら手を伸ばして起き上がろうとする。 抱っこをせがむようなその仕草に、智也は思わず彼の身体をぐいっと抱き寄せた。 「智也、離せって。痛い」 祥悟の掠れた囁きに、智也は慌てて腕の力を緩めた。知らないうちに腕の力がキツくなっていたらしい。 「ああ……ごめん。どう?落ち着いた?」 智也が顔を覗き込むと、祥悟はバツが悪そうに目を微妙に逸らし 「夢見てうなされるなんて、ガキみてえだし。びっくりさせて、…ごめん」 「ふふ。怖い夢くらい、大人だって見るよ。どうする?もう1回寝るかい?」 祥悟はふるふると首を横に振り 「や。もう起きる。……な、智也。俺、何かうわ言とか言ったりしてた?」 「うん。言ってたけど、ハッキリとは聴き取れなかったな」 「そ……っか」 祥悟はもう1度深いため息を零すと、腕をこちらの首に回してくる。智也は彼をぶら下げたまま、身を起こした。 床に足をおろすと、祥悟は腕をほどき、ちらっとこちらを横目で見る。智也はにっこり微笑んで 「夕飯にしよう。おいで」 祥悟はぷいっとそっぽを向き、頷いた。

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