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第265話 秋艶52

祥悟は予想以上に旺盛な食欲をみせて、用意した夕食をペロリと平らげてくれた。 やっぱり体調不良ではなく、寝不足と疲れが溜まっていただけなのだろう。 雑誌を捲りながら食後の紅茶を啜る祥悟の隣に腰をおろし、智也はノートパソコンを開いた。 そのまま特に会話するわけでもなく、雑誌をめくる音とキーボードを叩く音だけが、静かな室内に満ちる。 不意に、それまでまったく興味を示す様子がなかった祥悟が、ひょいっと画面を覗き込んできた。 「さっきからおまえ、何やってんのさ?」 「う……ん。ちょっと小説をね、書いてるんだ」 祥悟は目を丸くして 「は?おまえ、そういう趣味あったんだ?」 「うん。前に言わなかったかな。子どもの頃からね、物語を作るのは好きで。暇さえあれば大学ノートに書いていたんだよ」 「へえ……」 祥悟は身を乗り出し画面を覗き込んで 「ふーん。すっげ。ちゃんと小説みたいに見えるし」 祥悟の無邪気な言い方がおかしくて、思わずふきだした。 「ふふ。あんまりじっくり見ないでくれるかい?こんなの、今まで誰にも見せたことないからね」 智也は笑いながら書いた内容を保存して、ページを閉じると 「君がこういうの、興味を示すとは思わなかったな」 途端に祥悟はぷっと頬をふくらませた。 「おまえ、馬鹿にしてんだろ?俺だってたまには小説ぐらい読むし」 背もたれにドサッと寄りかかって、つまらなそうに雑誌をめくり始める。 「ね、祥。そろそろ風呂に入って、もう1度寝た方がいいよ。君は睡眠時間が足りていないんだし」 祥悟はんー……っと首を傾げ 「さっき寝たからまだ眠くねえし」 「どんな夢だったんだい?内容、覚えてる?」 途端に、祥悟はむっと口を噤み黙り込んでしまった。手元の雑誌を見るともなくパラパラめくっている。 智也はそれ以上は深く追求せず、パソコンの電源を落として画面を閉じると 「よし。じゃあ風呂の用意をしてくるよ」 「人が死ぬ夢」 「え……?」 「血塗れでさ。死んでんの」 「さっきの夢?」 「ん……」 智也は祥悟の横顔をそっと見つめた。 顔色はだいぶ良くなっている。 表情も暗くはない。 「そうか…。やっぱり疲れているんだね、きっと。事務所に言ってスケジュールを調整してもらって…」 「ガキの頃からよく見るんだよね。おんなじ夢。ま、たぶん疲れてたりストレス溜まってんだろな」 「祥……」 祥悟は顔をあげて、にやっと笑うと 「んな心配そうな顔すんなよ。大丈夫だし。休みはさ、社長に交渉してみる」 智也は微笑んで頷くと、リビングを出て風呂場に向かった。 祥悟の笑顔が、いつもよりちょっと無理をしているように見えて気にかかる。 ……子どもの頃から繰り返し見る、人が死ぬ夢……か。祥は……どんな子ども時代を過ごしたんだろう。 孤児だと聞いている。施設育ちだ。あまり幸せな子ども時代では、なかったのだろうか。

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