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第266話 秋艶53

当然のように同じベッドの隣で寝てしまった祥悟の顔を、智也は見つめすぎないようにそっと見ていた。 まだ眠くないとごねたわりには、布団にくるまってすぐに、気持ちよさそうな寝息が聴こえてきた。 壁際にぴったりとひっついて、手足を少し丸めて眠る姿が、まるで仔猫みたいで愛らしい。 こんな近すぎる距離感が、苦しいのにやっぱり幸せだ。 さっき、夢の話をしてくれた時、祥悟は無表情を装っていたが、その瞳に縋るような色を見つけてしまったのは、考え過ぎだろうか。 ……もっと知りたいな……君のことを。 出逢ってから共に過ごす年数は増えても、お互いに家族のことも生い立ちも詳しく話したことはない。 たまにちらっと顔を覗かせる、祥悟の事務所に入るまでの日々のことが、気にならないわけじゃない。 だが、そういう部分に深く踏み入ることが出来る間柄ではないのだ。 友人よりは少し密接で、でも恋人にはこの先もおそらくはなれない。 ……俺は……少しずつ、欲ばりになってるのかもな。 離れようとしてみて気づいてしまった、彼のいない空虚感。こうして肌の温もりをほんのり感じることの出来る今が、どれだけ幸せなのか、しみじみとわかる。 ……次の休日に、もし君を抱いてしまったなら…… また2人の間の何かが、変わるんだろうか。 変わって欲しいとも思うし、その変化が無性に怖くもある。 むにゃむにゃと何か呟いて、祥悟が寝返りを打つ。 背を向けてしまった彼に、智也はもう少しだけ身を寄せてみた。腕を伸ばして、彼の身体には触れないように、空気の膜を作って後ろから包んでみる。 「祥……」 思わず、ため息のような微かな声が零れ落ちてしまった。 今、許されている一線を超えて、この腕に君を抱きしめて眠りたい。 深く身体を重ねた後で、それが自分に許されるのだろうか。それとも……近づきすぎた罰を、受けることになるのだろうか。 それは、まだわからない。 次の撮影は、いよいよ祥悟との本格的な絡みだった。 肌の露出が多い透ける素材の衣装を身につけた祥悟と、ノーブルな漆黒のスーツ姿の自分。 同じライティングの下でポーズを取る彼の姿が眩しすぎるのは、照明のせいだけではないだろう。 指示を受けながら、次々と動画のシーン撮りは進んでいく。祥悟の動きや表情はしなやかでナチュラルで、独特の空気感を含んでいて、質感をまるで感じさせない。 智也は内心、焦っていた。 指示通りの動きをしているつもりなのに、思うようにいかない。緊張し過ぎて、まるで初めての撮影の時のようなぎこちなさだ。これではダメだと焦れば焦るほど、手足が怖ばって表情も固くなっていくのが自分でも分かる。 「ね。ちょっとストップしていい?」 不意に祥悟がぴたっと動きを止めて、監督の方を振り返る。監督が頷いて、カメラを止めさせた。 祥悟がこちらに向き合う。智也は目を合わせられずに逸らした。こんな無様な姿を、彼にだけは見られたくなかった。 「智也、深呼吸。おまえ、緊張し過ぎ。もっとリラックスしてよ」 「ああ……うん。ごめん」 逸らした目線の先に、祥悟の顔が回り込む。その目はちょっと悪戯っぽく笑っていた。 「ここは、おまえのマンションな」 「……え?」 「今、部屋に2人きりだ、俺とおまえ」 「祥」 戸惑う智也に、祥悟はふわっと顔を寄せてきて耳元に囁く。 「イメージしてよ。俺とおまえは恋人同士。部屋で寛いでるうちにさ、スキンシップしたくなってきたわけ」 祥悟は掠れた甘い声を、吐息と共に耳に直接吹き込んでくる。 心がざわめく。 周りの音や声が遠くなる。 「俺の目、見て?逸らさないでさ」 彼のとろりと甘い柔らかい囁きに、心が吸い寄せられる。 つい、目を合わせてしまった。 もう逸らせない。

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