266 / 349
第266話 秋艶53
当然のように同じベッドの隣で寝てしまった祥悟の顔を、智也は見つめすぎないようにそっと見ていた。
まだ眠くないとごねたわりには、布団にくるまってすぐに、気持ちよさそうな寝息が聴こえてきた。
壁際にぴったりとひっついて、手足を少し丸めて眠る姿が、まるで仔猫みたいで愛らしい。
こんな近すぎる距離感が、苦しいのにやっぱり幸せだ。
さっき、夢の話をしてくれた時、祥悟は無表情を装っていたが、その瞳に縋るような色を見つけてしまったのは、考え過ぎだろうか。
……もっと知りたいな……君のことを。
出逢ってから共に過ごす年数は増えても、お互いに家族のことも生い立ちも詳しく話したことはない。
たまにちらっと顔を覗かせる、祥悟の事務所に入るまでの日々のことが、気にならないわけじゃない。
だが、そういう部分に深く踏み入ることが出来る間柄ではないのだ。
友人よりは少し密接で、でも恋人にはこの先もおそらくはなれない。
……俺は……少しずつ、欲ばりになってるのかもな。
離れようとしてみて気づいてしまった、彼のいない空虚感。こうして肌の温もりをほんのり感じることの出来る今が、どれだけ幸せなのか、しみじみとわかる。
……次の休日に、もし君を抱いてしまったなら……
また2人の間の何かが、変わるんだろうか。
変わって欲しいとも思うし、その変化が無性に怖くもある。
むにゃむにゃと何か呟いて、祥悟が寝返りを打つ。
背を向けてしまった彼に、智也はもう少しだけ身を寄せてみた。腕を伸ばして、彼の身体には触れないように、空気の膜を作って後ろから包んでみる。
「祥……」
思わず、ため息のような微かな声が零れ落ちてしまった。
今、許されている一線を超えて、この腕に君を抱きしめて眠りたい。
深く身体を重ねた後で、それが自分に許されるのだろうか。それとも……近づきすぎた罰を、受けることになるのだろうか。
それは、まだわからない。
次の撮影は、いよいよ祥悟との本格的な絡みだった。
肌の露出が多い透ける素材の衣装を身につけた祥悟と、ノーブルな漆黒のスーツ姿の自分。
同じライティングの下でポーズを取る彼の姿が眩しすぎるのは、照明のせいだけではないだろう。
指示を受けながら、次々と動画のシーン撮りは進んでいく。祥悟の動きや表情はしなやかでナチュラルで、独特の空気感を含んでいて、質感をまるで感じさせない。
智也は内心、焦っていた。
指示通りの動きをしているつもりなのに、思うようにいかない。緊張し過ぎて、まるで初めての撮影の時のようなぎこちなさだ。これではダメだと焦れば焦るほど、手足が怖ばって表情も固くなっていくのが自分でも分かる。
「ね。ちょっとストップしていい?」
不意に祥悟がぴたっと動きを止めて、監督の方を振り返る。監督が頷いて、カメラを止めさせた。
祥悟がこちらに向き合う。智也は目を合わせられずに逸らした。こんな無様な姿を、彼にだけは見られたくなかった。
「智也、深呼吸。おまえ、緊張し過ぎ。もっとリラックスしてよ」
「ああ……うん。ごめん」
逸らした目線の先に、祥悟の顔が回り込む。その目はちょっと悪戯っぽく笑っていた。
「ここは、おまえのマンションな」
「……え?」
「今、部屋に2人きりだ、俺とおまえ」
「祥」
戸惑う智也に、祥悟はふわっと顔を寄せてきて耳元に囁く。
「イメージしてよ。俺とおまえは恋人同士。部屋で寛いでるうちにさ、スキンシップしたくなってきたわけ」
祥悟は掠れた甘い声を、吐息と共に耳に直接吹き込んでくる。
心がざわめく。
周りの音や声が遠くなる。
「俺の目、見て?逸らさないでさ」
彼のとろりと甘い柔らかい囁きに、心が吸い寄せられる。
つい、目を合わせてしまった。
もう逸らせない。
ともだちにシェアしよう!