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第268話 秋艶55

「どんな感じですか?」 上着を羽織りながら祥悟が近づいていくと、スタッフと映像チェックしていた監督が顔をあげた。 「お。祥悟くん、おつかれ」 「台本、だいぶ変えちゃったけど大丈夫?」 首を傾げる祥悟に、監督はニヤリと笑って 「またそんな殊勝なこと言って……本当は手応えあり、なんだろう?」 祥悟はふふっと笑って首を竦めると 「仕上がりどうなるかは俺にはわかんないし。でもかなりいいの撮れたと思うけど?」 「ああ。久しぶりに見せてもらったな、君の本気な表情。僕は好きだよ。台本通りなんてつまらんからね」 「俺も、監督のそういうとこ、好きかも」 祥悟は軽口を叩きながら、椅子の背もたれを両手で掴んで画面を覗き込む。 「んー。智也の衣装、ワイルドにし過ぎたかな」 「いや。その辺は編集で使えるとこだけ拾うからね。この辺りの表情とか、凄みがあっていいね。彼はたしか、役者としてもドラマに出ていたんだよな」 「そ。この映像とはだいぶイメージ違うけど」 「いいんじゃないか?彼。僕はこれまで一緒にやってないが、気になるな」 監督の言葉に、祥悟はふふっと不敵な笑みを浮かべた。 「でしょ?」 智也は後ろからそっと近づいて行って、少し離れた場所から、監督と祥悟のやり取りを見ていた。 祥悟はあの監督のお気に入りで、こういった企画ものの撮影では、過去何度も一緒に仕事をしている。 気心の知れた2人の様子を眺めながら、智也は内心複雑な感情を持て余していた。 あのままでは、NG連発の大失態をやらかしていただろう。それは自分でもよくわかっている。 ただ、自分の中の矜恃が、素直に彼に感謝する気持ちを妨げていた。 つまらない意地だとわかってはいる。 年上で事務所での経歴も自分の方が長い。だが、祥悟と自分のキャリアの差は歴然としているのだ。 無我夢中で過ぎていったさっきの絡みの間中、祥悟の凄みをまざまざと見せつけられていた。 放つオーラが違う。 持って生まれた色彩が違う。 他に埋もれてしまう自分と違って、彼は唯一無二の彼なのだ。 祥悟という、確かな個性、存在感。 羨ましいと思った。 妬みたくはないけれど。 こちらに背を向けていた彼が、ひょいっと後ろを振り返る。 その瞳と視線が合う前に、智也は彼らに背を向けてドアの方に歩き出した。 今は祥悟と、向き合う自信がない。 こんな感情を抱いたままで、祥悟と会話はしたくない。 智也は足早にスタジオの外に出た。

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