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第270話 秋艶57

「ふーん。空、ね」 祥悟はそう呟いて、空を仰いだ。 傾き始めた秋の陽射しを受けて、祥悟の柔らかい髪がいつもより透明感を増している。 黙って空を見つめる祥悟の、髪の毛ばかり見ていた。 さっきより、気持ちはだいぶ落ち着いている。 もう、大丈夫だ。何を言われても。 「さっきのおまえさ、」 祥悟はまだ空を見上げながら、ぽつりと呟いた。 「すっげ、色気あったよな。こないだ鏡んとこで俺にキスしてたじゃん?あん時のおまえ、思い出してさ、ちょっとゾクゾクしてた」 祥悟の意外な言葉に、智也は目を見張り、その横顔をじっと見つめた。 祥悟はちらっと振り返って、横目でこちらを見上げて 「ストイックな仮面の下に、雄の欲情がちらちら見え隠れする。そんな感じ。ちぇっ…。いいよな、そういう色気って、誰でも出せるもんじゃねーし」 「そう……俺は、そういうの、出せてた?」 祥悟の目が揺れて煌めく。 「自分じゃ、わかんねーか。出てたよ。後で映像チェックしてみてよ、すげえいいから」 祥悟はくすっと笑ってから、前を向くと 「悔しいよなぁ…。正直、俺さ、さっき絡みながらちょっとおまえに嫉妬してた。なんでこういう顔、出来んのかな…ってさ。俺、今のおまえと同じ歳になっても、絶対にああいうのは出せねえ自信あるもん」 ……え……嫉妬……?……君が?俺に……? 「……ムカつく。他のやつ見ても、こんな風に思ったことないし。おまえ、俺の理想過ぎてさ、時々めちゃくちゃ腹立つよな」 智也は何と答えていいのか分からずに、ただぼんやりと祥悟の頭を見つめていた。 さっきの撮影の話が、祥悟の口から出てくるのは覚悟していたが、今の彼の言葉は全てが意外すぎる。 ……君が、俺に嫉妬なんて……そんな、馬鹿な。 もしかしたら、自分が落ち込んでいることに気づいて、慰めてくれているのかもしれない。 智也はゴクリと唾を飲み込むと、躊躇いながら口を開いた。 「祥。さっきの俺は、君が引き出してくれたものだよ?俺自身が生み出したものじゃない」 祥悟は途端にくるっと身体ごと振り返った。丸く見開いたその目が、自分を見上げてくる。 「は?おまえ、何言ってんのさ。意味わかんねえし」 「あ、いや……」 つい、言わずもがななことを言ってしまった。恨みがましいことなんか、言うつもりはなかったのに。 「おまえが元々持ってねえもんを、俺がどうやって引き出すのさ?だいたいさ、あれって俺がどうこうしたもんじゃねえし?おまえが勝手に色気だだ漏れしてただけじゃん」 祥悟はあっけらかんとそう言い放つと、何かを思い出すように目をうっとりと細めて、舌先で自分の唇をぺろっと舐めた。 「やばかったんだよね。さっき俺、ちょっと勃ってたの。本番なのにさ。後ろからおまえにガバッと抱き締められて、手で目隠しされたじゃん?ぞわってなってさ、あそこ熱くなっちゃったし」 「…っ?」 智也は唖然として、祥悟の妙に色っぽい顔をまじまじと見つめた。

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