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第273話 秋艶60

智也は立ち上がると、テーブルの上のタオルを取って、祥悟の後ろに回った。 「祥。髪の毛を拭く時は乱暴に擦らないよ。せっかくの綺麗な髪、傷んでしまうからね」 穏やかに話しかけながら、タオルで毛先を挟んでぽんぽんと軽く叩いてやる。苛立って嫌がるかと思ったが、祥悟は反論も抵抗もせず大人しくしていた。 「さ。これでいいよ。そろそろ服を着て。車に乗ったら君は寝ていていいからね」 祥悟は振り返って、ちろ…っと上目遣いにこちらを見上げてきて 「ありがと。……八つ当たりだった、ごめん」 「大丈夫だよ、祥。さ、行こう」 智也がにっこり笑ってそう言うと、祥悟は黙ってこくんと頷いた。 車に乗り込むとすぐに寝てしまうだろうと思っていたのに、祥悟はリクライニングを倒したものの、一向に眠る気配がない。 「現地までは1時間ぐらいかかるんだ。眠れないなら、目だけでも瞑ってるといいよ」 祥悟はごそごそと身動ぎしてから、横目でちろっとこちらを見て 「な、智也。明日から3日のうちさ、おまえ、休みの日ってある?」 智也はナビの指示通りに慎重に運転しながら、自分のスケジュールを思い浮かべた。 「まるまるオフの日は明後日だけ、かな。他の2日は午前中だけと午後だけだ」 「じゃ、明後日な」 祥悟がポツリと呟く。 何が?なんて聞くまでもない。 先日約束した、あのことだ。 智也はドキッとして、祥悟から目を逸らし、前方を見つめた。 なるべく、考えないようにしていたのだ。 祥悟は気まぐれだ。先日のあの言葉も、雰囲気に流されて軽いつもりで言っただけかもしれない。 そんな風に自分に言い聞かせていないと、彼の顔をまともに見る自信がなかった。 それでいて、あれから時間のある時に、男の子の抱き方を密かに調べたりしていた。 期待半分。不安半分。 いや、不安の方がずっと大きい。 「明後日。俺のマンションでいいかい?それとも…」 「おまえんとこ」 「うん。そうか、うん。わかったよ、祥」 横目に映る祥悟は、言うことだけ言って満足したのか、背もたれに沈み込み目を閉じた。 智也は前方を見据えながら、運転に意識を集中する。ハンドルを握る手が、緊張して怖ばっていた。

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