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第278話 秋艶65
「スープか何か。せめて少しだけでも温かいものをお腹に入れておくかい?」
喉の乾きを潤して、ほっと吐息を漏らした祥悟に、智也は問いかけた。
「んー……ん。いや、やめとく。また吐き気したらやだしさ」
「そうか……」
身を起こして離れようとすると、すかさず手が伸びてきて首の後ろに回された。
「祥……?」
「側にいてよ」
いつもより何だか幼い甘えた声に、智也が顔を覗き込むと、祥悟はぷいっと顔を背けた。
「まだ時間、あるんだよね。ちょっと寒い。ここに居ろってば」
顔を見られまいとそっぽを向いているくせに、そんな子どもみたいな甘えた駄々をこねる。
智也は思わず微笑んで、ベッドに深く座り直し、彼の身体をぎゅっと抱き締めた。
祥悟はちょっともぞもぞして、ようやく居心地のいい体勢を見つけたのか、ほお…っと小さくため息をついてくったりと身体の力を抜き、胸に顔を埋めてきた。
起きたばかりの祥悟の身体は、ぽかぽかしていた。まるで陽だまりのような心地いい温もりに、心の中までじんわりと暖かくなる。
智也は全身で彼を包み込むようにして、静かに目を閉じた。
「すみません。ずいぶん予定狂わせちゃって」
「ああ。祥悟くん、大丈夫なのかい?撮影、続けられそう?」
「はい。ラストだし今日のメインなんで。絶対に終わらせますよ」
祥悟がそう言ってにっこり笑うと、監督はまだ気遣わしげに今度はこちらを見て
「顔色は悪くなさそうだけどなぁ。この寒空に全裸だよ?いけるかい?」
智也は頷いた。
何度も確認したのだ、祥悟には。
それでもやると言い張った。
だからもう、最後まで見守るしかない。
「ダウンコート持って横で待機してますから」
監督はもう一度祥悟の顔をまじまじと見つめて
「よし。じゃあリテイクなしの一発勝負だ。おい、始めるぞ」
監督の合図に、待機していたスタッフたちがそれぞれの持ち場につく。
いよいよラストシーンの撮影開始だ。
地面を覆う大きなシートの上に、隙間なく大量に敷き詰められた血のような紅い葉の褥(しとね)。
テーマ「秋艶」のイメージに相応しい、鮮烈で艶やかな舞台セットだ。
祥悟はさっき控え室で甘えていた姿とはまるで別人のように、背筋を伸ばし顎をくいっと上げて、ゆったりした足取りでセットに歩み寄る。
羽織っていたコートをさらっと潔く脱いで、側にいる付き人に差し出し、紅葉の褥の上に慎重に横たわる。スタイリストとポージングを担当するスタッフが、祥悟の手や脚の位置を原案通りに調整しながら、流れ出る髪の一筋まで細かく整え、上から紅葉を散らしていく。
透き通るような祥悟の白い肌と、微妙に色合いの違う深みのある紅い葉色のコントラスト。頭上の大きな楓から木漏れ日が柔らかく降り注ぎ、その光景を絵画のように浮かび上がらせている。
息をのむようなあでやかさだった。
智也は彼の体調を気遣うのも一瞬忘れて、その夢のような情景に見蕩れていた。
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