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第279話 秋艶66
撮影は順調に進んでいった。
テスト撮影の後、チェックが入って本番撮影へ。このシーンは祥悟のポーズを3パターン撮って、仕上がりチェックに入る。
「よし、OKだ。お疲れさん」
最終確認の後、監督の声が響き渡ると、息を詰めて見守っていたスタッフたちが、いっせいにほっとした表情を見せる。
これでこの日の撮影は、全て無事に終了したのだ。
智也は真っ直ぐに祥悟のもとへと向かった。
撮影中、祥悟の様子におかしな点はなかった。だが、監督の合図の後も、彼は横たわったポーズのまま動こうとしない。
「祥」
声をかけながらその場に跪き、手に持ったダウンコートを広げて彼の身体に被せる。
「祥、終わったよ」
もう一度声をかけたが、祥悟は横向きのまま動かなかった。
目は開いている。だがその視線は虚ろで、こちらの呼びかけに全く反応しない。
智也は祥悟に覆いかぶさって、顔を覗き込んだ。
「祥?聞こえる?俺が分かるかい?祥」
肩を掴んで揺らすと、祥悟の目がゆっくりとこちらに向いた。その瞳に凍りつくような恐怖の色が滲んでいて、智也はハッと息をのむ。
「祥っ」
祥悟の唇がぎこちなく動く。何か言おうとしているが、震えるような吐息が漏れただけだ。
顔色はさっきより悪い。
怖いくらいに真っ白だ。
智也は、コートごと、祥悟の身体を抱き起こした。
「祥、祥っ」
周りのスタッフたちが、何事かと集まってきた。
智也は彼の身体を抱き締めたまま顔をあげて叫んだ。
「救急車を呼んでくれ」
驚いたスタッフが、すかさず携帯電話を取り出した時、祥悟が腕をぎゅっと掴んできた。
「呼ぶな、きゅう、きゅうしゃは、呼ぶな!」
絞り出すような祥悟の声に、智也は彼の顔を見下ろした。
「でも、祥、」
祥悟の身体がガタガタと震え出す。
さっきより発作が大きい。
智也はもう一度、スタッフに促そうとしたが、祥悟は爪が食い込むほど強く腕をギリギリと掴み締めてきて
「たのむ、呼ぶな、お願い、だから、」
悲痛な声だった。祥悟は苦しげに息を荒らげ、縋るように智也を見つめた。その目に涙が滲んでいるのを見て、智也は彼の頭を腕で抱き寄せ、自分の胸に埋めさせた。
「君、やっぱり救急車はいい。控え室に、このまま運ぶから」
「いや、でも、」
智也は祥悟の顔を周りに見せないようにしながら、彼を抱えて立ち上がると、心配そうに傍らに来た監督に
「控え室で少し休ませます。誰も来させないでください」
そう言い残して、足早にセットから離れた。
控え室に入り、ベッドに直行する。
祥悟の身体は激しく震え続けていた。
横たえさせようとするが、腕を掴んだ手を離そうとしない。一緒に横になるようにして、彼の身体をシーツの上におろした。
「祥、しっかりして。祥っ」
並んで横たわり、祥悟の背中を空いた方の手でさする。祥悟は引き剥がされるのを恐れるように、必死にしがみついてくる。
無理に彼を離そうとするのはやめた。
彼は今、激しい恐怖の中にいる。
智也は彼の全身を包むようにして抱き直した。
そのまま震える身体を強く抱き締める。
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